96.出産

「小香」
名前を呼ばれている。声のする方へ、意識がするりと浮かび上がった。ゆっくりと瞼を開けると、眩しさに目が眩んだ。光の中に影が差し、優しい微笑みが向けられているのがだんだん見えるようになってくる。
「无限大人……」
身体が泥のように重かった。全身がずっしりとした疲労に包まれている。けれど、気分はとてもよかった。その理由を思い出し、起き上がろうとしてうまく身体が動かず、なんとか首を動かして无限大人を見上げる。
「赤ちゃんは……?」
「よく寝ているよ」
无限大人は腕に抱いたお包みを傾け、小さな顔を見せてくれた。その顔を見て、お産のときの記憶がまざまざと蘇った。痛みに気が遠くなりそうで、もう死んでしまうかもしれないと思った。それでもいい、どうか子供だけはと願って、最後の力を振り絞った。その直後、泣き声が上がって、无限大人やスタッフさんが喜びの声を上げて、私を労ってくれた。
「元気な女の子ですよ」
肌が真っ赤で、くしゃくしゃの小さな姿を見せてもらい、涙が溢れた。小さな身体で精一杯呼吸をし、大きな声で泣いていた。自分の腕で抱き締めると、思ったより軽く感じた。とてもか弱くて、尊い命。無事に生まれてくれてありがとうと感謝した。そこで気が抜けたのか、記憶が途切れている。あれからそれほど時間は経っていないようだ。
「美香ちゃん」
眠る子にそっと手を伸ばし、頬に触れる。赤ちゃんはくすぐったがるように身動ぎした。お包みから小さな手が覗いているので、掴んでみると、ぎゅ、と握り返された。
「あ……」
また涙が込み上げてくる。なんてかわいいんだろう。産まれたばかりで、何もかも初めて触れるものばかりで、私のことを頼りにしている。
「健康だそうだよ。君も、経過はいいと先生が言っていた」
「よかった……」
「ああ」
无限大人は片方の手を私の方へ伸ばし、頬をそっと撫でた。
「ありがとう。よく頑張ってくれたな」
「无限大人が、そばにいてくれたから……」
その手に手を重ねて、微笑む。愛する人。任務を優先してほしいのは本心だけれど、そばにいてもらえたならそれ以上のことはない。
「君たちが元気でほっとした。小黒には連絡をしたから、一度帰って連れてくるよ。早く妹に会わせてと怒られてしまった」
「あ、私が起きるまで待たせちゃったかな」
「そうではないよ。もちろん、君の笑顔を見るまでは安心できなかったが」
「だいぶ疲れちゃったみたいで……すみません。でも、それ以外は元気だと思います」
「よかった」
そのとき、スタッフさんとお医者さんがやってきて、私の体調を確認することになった。无限大人は赤ちゃんをスタッフさんに預けて、小黒を迎えに帰った。
検査が終わり、少し身体も起こせるようになったので、改めて赤ちゃんを抱いた。まだ目は空いていないし、髪もほとんど生えていない。
「口は私に似てるって言われたけど、鼻と耳は无限大人似に見えるな」
寝顔をしげしげと眺めていると、ふいに顔をしかめて、また泣き始めた。
「授乳、してみますか?」
それを見て、スタッフさんが笑みを浮かべる。私は頷いて、教えてもらいながら赤ちゃんに乳房を吸わせた。赤ちゃんの歯のない口がお乳を含んで、吸い付いた。
「わぁ……飲んでる」
「ふふ、上手ねぇ」
教えられたわけでもないのに、ちゃんとやるべきことがわかっているみたいだ。しばらくすると、満足したように口を離し、また寝てしまったようだった。
「隣の赤ちゃん用のベッドで寝かせるから、お母さんも少し寝ましょうか」
「はい」
お母さんと呼ばれて、くすぐったい気持ちになる。
また横になってしばらくは、赤ちゃんの、様子が気になっていたけれど、やはり疲れていて、すぐに寝てしまった。
微睡んでいるとき、赤ちゃんの寝言が聞こえたような気がした。

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