94.臨月

季節はあっという間に過ぎていき、もう11月になった。今は仕事を休み、出産に備えるところまで来た。産む場所は日本ではなくこちらに決めた。産まれた子の戸籍の問題や、无限大人の任務のことなど考えて、二人で話し合った。出産後はお母さんが手伝いに来てくれる予定だ。
一部屋空いていた部屋に、ベビー用品を置き始めた。小さな柵付きのベッド、おもちゃ、服、靴下。紙おむつや粉ミルクなども、すでにお母さんが送ってくれていた。もうすぐこの家に新しい家族が増えるんだと実感する。
「他に必要なものはないかな」
「これだけあれば十分ですよ。あとは、足りなかったら買えばいいでしょう」
「そうだな」
无限大人はそう答えながらも、部屋の中を見渡して、足りないものがないか探している。ベビー用品を買い揃えるのが楽しくて仕方がないようで、最近は帰ってくるたびに何かしら増えていくから、そろそろ一旦終わりにして欲しい。その調子で集められたら、最後には部屋から溢れてしまいそうだった。
「出産予定日は、あけられそうだよ」
无限大人は確認していたおもちゃを片付けると、ソファに座っている私の隣に腰を下ろした。
「もし何かあったら、こちらは来なくても大丈夫ですから、任務を優先してください」
本心からそう伝えると、无限大人はぱっと私の手を握り、私の顔を覗き込んだ。
「必ず立ち会う。出産は命懸けなんだ。その場にいられず、何が夫か」
「无限大人……」
そう言ってくれるのはとても嬉しかったけれど、やはり无限大人は私の夫で、美香の父でもあるけれど、館の執行人でもある。問題が起こった時、対処できるのが无限大人しかいないということは十分有り得る。
「无限大人にはなすべきことがあります。それを全うして欲しいんです。いざというときに、迷わないでください」
「小香……」
「もちろん、何もなくて、そばにいてもらうのが一番ですけどね!」
「……ああ。その通りだ」
无限大人は笑ってみせる私の髪に手を添え、そっと撫でた。
「出産って、すごく痛くて、普段言わないようなことを口走ってしまうことがあるらしいんです……」
出産がどんなものか、色々調べて見たけれど、やはりとても大変そうだ。この膨らんだお腹から狭い道を通って子供が出てくるのだから、それはもう想像を絶するだろう。
「だから、もし何か変なことを言っても、痛みのせいですから、忘れてくださいね」
「君が何を言ったとしても、気にしないよ。痛みを堪えるためなら、何を言ってもいいし、この腕に噛み付いても構わない」
「なるべくしないようにしたいですけど」
絶対にしないとは、約束できなかった。ちゃんとできるだろうか。すんなり産まれてくれればいいけれど。人によっては、するっと産めることもあるとか。私は体力がある方ではないから、産後の回復も少し心配だった。お母さんが来てくれるのは本当に心強い。
「もうすぐなんだな」
无限大人は、優しく私のお腹に手を当てた。最近は寝ている時以外はよく動く。元気いっぱいだ。
「早く、かわいいお顔をママに見せてね」
私もお腹に手を置いて、語りかける。
「すると……私は、パパか」
「ふふっ、そうですね!」
パパ、という響きに、无限大人はなんとも言えない顔をする。お父さん、の方がしっくり来るのだろうか。无限大人は咳払いをして、改めて美香に話しかけた。
「私がパパだよ。おまえが産まれてくるのを、楽しみにしている」
なんだかくすぐったくて、笑みがこぼれる。无限大人も目を細めて笑った。

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