93.名づけ

「女の子ですね」
お腹に超音波を当てて、胎内の赤子の様子を丹念に観察して、お医者さんはにこりと笑った。女の子! 私は口を両手で抑え、无限大人は椅子から立ち上がりそうになってガタッと音を立てた。それから、二人で顔を見合わせ、喜びを分かちあった。
「女の子かぁ……」
「小香に似るだろうか」
「顔立ちもだいぶはっきりしてきてますからね。どうでしょう?」
そう言いながら、お医者さんは画面に映った赤子の顔の当たりを指さしてみせる。无限大人は画面に顔を寄せてじっくりと確認した。
「どうですか?」
私は動けないので、无限大人の答えを待つ。
「君の口元と頬の丸さがそっくりだ。とてもかわいいよ」
「ふふっ! そんなに似てるかな?」
まだ荒い画像なのに、とても愛らしく見える。小さくて未熟な手足を動かして、ゆらゆらしている姿はなんだか楽しそうだった。
「女の子かぁ。どんな子になるかな、无限大人みたいに……」
力が使えれば、と言いそうになって、お医者さんは霊質のことを知らないことを思い出し、口を閉じた。
「えっと、強くて、利発な子になってほしいな」
「君に似た、優しい子になるよ」
无限大人は画面ではなく私のお腹の方に向き直り、微笑みかける。
「そろそろ、おまえの名前を考えないといけないな」
「そうですね。何がいいかな」
「女の子だから、香を入れるのは決まっているな」
「素敵な名前を考えたいですね」
この子の行く末を明るく照らすような、いい名前を付けてあげたい。
検査を終えて、その日はそのまま家に帰った。お腹は大きくなり、重さを感じる。歩くときも、荷物を抱えているときのように、注意深くゆっくり足を運ぶようになった。
无限大人は私が転んだりしないように、常にそばに寄り添ってくれている。
家に帰って、ソファに座る。余り動いていないのに、疲れてしまった。ソファに座るときも、お腹を支えながらゆっくりと腰を下ろす。動く時は、常にお腹を意識して、守るようにしていた。无限大人は、寝室から本を持って戻ってきた。
「名付け事典だ。これで、いい名前を探そうかと」
「いいですね! 何かいいのありました?」
无限大人は付箋を貼ったページを見せてくれる。
「玉香、雪香、花香……色々あるんですね、香のつく名前」
「ああ。だが、どれと決めかねるな」
「香香もかわいいですね」
「うん。歴史上の人物で、香香公主という人がいる」
「へえ。お姫様の名前なんですね。それもいいな。でも、日本だとパンダの名前っぽいかも」
できれば日本でも、不自然に感じないような名前がいいかもしれない。
「あ、美香(めいしゃん)って名前もあるんですね。日本でも、この名前あるんですよ。みかって読みます」
「ミカ、か」
无限大人は私の発音を真似して繰り返す。
「香という字には人気者という意味もある。美しく、人に好かれる人、という名前はいいかもしれないな」
「そうですね。めいしゃん……みか、か……」
何度か口に出してみて、確かめる。なんだかこれ以外ない気がしてきた。
「いいですね、美香ちゃん。美香。どうですか?」
「いいと思う。これにするか」
「はい!」
はっきりと頷いて、お腹に手を当てる。
「あなたはどう思う? 美香ちゃん。気に入ってくれるかな」
そのとき、胎動を感じて、答えてくれたような気がして笑みがこぼれる。
「今、動きました! 喜んでくれたのかな」
「きっとそうだな。美香。おまえの健やかな成長を、私たちは祈っているよ」
无限大人もお腹に手を当てて、優しく話しかけた。しばらく美香は、羊水の中でくるくると元気に動いていた。

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