89.お葬式

お葬式は粛々と終わり、転送門を使ってすぐに家に帰ってきた。改めて告別式を館でもするそうだ。おじいちゃんにお世話になった妖精たちも、今回の訃報に悲しみ、お別れをしたいと思ってくれている。私も、こんなふうに、たくさんの人に惜しまれる人間になれるだろうか。
「无限大人、小黒、ありがとうございました」
うちに帰って、改めて二人にお礼を言う。二人とも気にしないでというように首を振る。
「おじいちゃんのこと好きだったから、寂しいよ」
小黒はまだ少し赤くなった目元のまま、俯く。お葬式では大人しく、お行儀よくしてくれた。初めてのことに戸惑うことも多かっただろうけれど、おじいちゃんの話をする人達の声に、じっと耳を傾けていたのが印象的だった。式のあとのご飯にあまり喜ばず、食べる量も少なかったのが少し心配だ。
「小黒が来てくれて、おじいちゃんも喜んでたと思うよ」
「そうなのかな……」
「きっとね。おじいちゃん、最近妖精が生まれることが少なくなったことを悲しんでたから、小黒に会えて、本当に嬉しかったみたい」
「そっか……」
无限大人がお茶を淹れてくれたので、ソファに座ってゆっくり飲んだ。
「ねえ、おじいちゃんの話、もっと聞きたい」
「うん、いいよ」
无限大人は休まなくて平気か、というように視線で問うて来ていたけれど、あまり疲れは感じていないので大丈夫、と微笑み返した。家族ともおじいちゃんのことを話したけれど、まだ話切れていない。小黒にも、无限大人にも聞いて欲しかった。
話し終わったあとも、小黒は何かを言いたそうな様子で俯いたり、私の顔を見たりする。言いたいけれど、口にするのを躊躇っているようだ。
「どうしたの? 小黒」
「うん……。人間の寿命って、妖精より短いでしょ……」
小黒はぺたんと耳を倒して、悲しげに呟く。
「いつか、おじいちゃんみたいにいなくなっちゃうんだね……。小香も、小白も……」
「小黒……」
みるみる小黒の目に涙が溜まり、ぽろぽろと零れていく。
「そう思ったら……寂しくなっちゃって……」
私は何も言えず、ただいてもたってもいられなくて、小黒の身体を抱きしめた。初めて会った頃より、ずいぶん大きくなった。これから、まだまだ大きくなる。
「ちょっと気が早いよ! おじいちゃんはもう長く生きたからね。私は、まあまあの年齢だけど、小白ちゃんはずっと若いんだし。すぐにお別れなんてこと、ないから。ね?」
「うん……」
しばらくそうして小黒を抱きしめて、泣き止むのを待つ。无限大人は小黒が落ち着いたのを見て、茶器を洗いにキッチンへ向かった。私は小黒の頭を撫でながら、小さな声で話しかける。
「でもね、小黒。いつか、私がいなくなったら、そのあとは、无限大人と、子供たちのこと、よろしくね」
「小香っ……」
小黒はぱっと顔を上げて、涙で潤んだ瞳で私を見つめると、ぐっと唇を噛み締めて、私の胸に顔を埋めた。
「まかせて」
くぐもって震えた涙声で、けれど決意のこもった声音で、小黒は確かに約束してくれた。戻ってきた无限大人は、私の胸に顔を押し付けている小黒を見て、そばに座って優しく頭を撫でた。

夕飯とお風呂を済ませ、ベッドに横たわるとようやく人心地がついた。お葬式の雰囲気から、いつもの日常に戻ってきた気がする。明日からまた仕事だ。
「小香、休まなくて平気か?」
无限大人は変わらず私を気遣ってくれる。私はまだ見た目に変わりのないお腹を撫でてみせた。
「大丈夫ですよ。そんなに疲れてないです」
「そうか」
无限大人は私の顔色を確認するように見つめてくる。なんだかその表情が悲しげで、どうしたんだろうと私も无限大人の瞳を見つめ返した。
「……いや。小黒が、ずいぶん寂しがっていたからね」
「そうですね……」
おじいちゃんと会ったのは数回だけれど、あんなに懐いてくれて嬉しく感じる。身近な人間が死ぬということを、実感したのはこれが初めてだったかもしれない。やはりショックはあるだろう。无限大人はベッドに横になっている私の身体を優しく抱き寄せて、しっかりその腕の中にしまいこんだ。
「……无限大人?」
その仕草はいつもとどこかが違っていて、離したくないとでもいうような力加減だった。痛くはないけれど、どうしたのかと気になる。无限大人も、小黒と同じように考えているのだろうか。
「これから、子供が産まれるというのに……その先のことなんて、考えても仕方がないのにね」
无限大人の声には悲しみと、どうしようもない無念さがあった。
「そうですよ。子供が産まれるんです。无限大人は、私が幸せだと言ったら、まだまだだって言ってくれた。本当にそうです。これ以上の幸せなんてないって思っても、いつも、それ以上の幸せをくれるんです。今、結婚式のときよりもっと幸せで……この子が産まれたら、さらにもっと、幸せになるんです」
无限大人の胸元に頬を寄せながら、静かに語りかける。
「大好きです、无限大人」
「……っ」
无限大人は、抱きしめる腕に力を込める。隙間なんてないほどに、ぴったりと密着して、お互いの体温を感じ合う。
ずっと、こうしていたい。暖かな愛に包まれて、際限ない幸せに満たされて。
私は本当に幸せなんです。无限大人。 お葬式は粛々と終わり、転送門を使ってすぐに家に帰ってきた。改めて告別式を館でもするそうだ。おじいちゃんにお世話になった妖精たちも、今回の訃報に悲しみ、お別れをしたいと思ってくれている。私も、こんなふうに、たくさんの人に惜しまれる人間になれるだろうか。
「无限大人、小黒、ありがとうございました」
うちに帰って、改めて二人にお礼を言う。二人とも気にしないでというように首を振る。
「おじいちゃんのこと好きだったから、寂しいよ」
小黒はまだ少し赤くなった目元のまま、俯く。お葬式では大人しく、お行儀よくしてくれた。初めてのことに戸惑うことも多かっただろうけれど、おじいちゃんの話をする人達の声に、じっと耳を傾けていたのが印象的だった。式のあとのご飯にあまり喜ばず、食べる量も少なかったのが少し心配だ。
「小黒が来てくれて、おじいちゃんも喜んでたと思うよ」
「そうなのかな……」
「きっとね。おじいちゃん、最近妖精が生まれることが少なくなったことを悲しんでたから、小黒に会えて、本当に嬉しかったみたい」
「そっか……」
无限大人がお茶を淹れてくれたので、ソファに座ってゆっくり飲んだ。
「ねえ、おじいちゃんの話、もっと聞きたい」
「うん、いいよ」
无限大人は休まなくて平気か、というように視線で問うて来ていたけれど、あまり疲れは感じていないので大丈夫、と微笑み返した。家族ともおじいちゃんのことを話したけれど、まだ話切れていない。小黒にも、无限大人にも聞いて欲しかった。
話し終わったあとも、小黒は何かを言いたそうな様子で俯いたり、私の顔を見たりする。言いたいけれど、口にするのを躊躇っているようだ。
「どうしたの? 小黒」
「うん……。人間の寿命って、妖精より短いでしょ……」
小黒はぺたんと耳を倒して、悲しげに呟く。
「いつか、おじいちゃんみたいにいなくなっちゃうんだね……。小香も、小白も……」
「小黒……」
みるみる小黒の目に涙が溜まり、ぽろぽろと零れていく。
「そう思ったら……寂しくなっちゃって……」
私は何も言えず、ただいてもたってもいられなくて、小黒の身体を抱きしめた。初めて会った頃より、ずいぶん大きくなった。これから、まだまだ大きくなる。
「ちょっと気が早いよ! おじいちゃんはもう長く生きたからね。私は、まあまあの年齢だけど、小白ちゃんはずっと若いんだし。すぐにお別れなんてこと、ないから。ね?」
「うん……」
しばらくそうして小黒を抱きしめて、泣き止むのを待つ。无限大人は小黒が落ち着いたのを見て、茶器を洗いにキッチンへ向かった。私は小黒の頭を撫でながら、小さな声で話しかける。
「でもね、小黒。いつか、私がいなくなったら、そのあとは、无限大人と、子供たちのこと、よろしくね」
「小香っ……」
小黒はぱっと顔を上げて、涙で潤んだ瞳で私を見つめると、ぐっと唇を噛み締めて、私の胸に顔を埋めた。
「まかせて」
くぐもって震えた涙声で、けれど決意のこもった声音で、小黒は確かに約束してくれた。戻ってきた无限大人は、私の胸に顔を押し付けている小黒を見て、そばに座って優しく頭を撫でた。

夕飯とお風呂を済ませ、ベッドに横たわるとようやく人心地がついた。お葬式の雰囲気から、いつもの日常に戻ってきた気がする。明日からまた仕事だ。
「小香、休まなくて平気か?」
无限大人は変わらず私を気遣ってくれる。私はまだ見た目に変わりのないお腹を撫でてみせた。
「大丈夫ですよ。そんなに疲れてないです」
「そうか」
无限大人は私の顔色を確認するように見つめてくる。なんだかその表情が悲しげで、どうしたんだろうと私も无限大人の瞳を見つめ返した。
「……いや。小黒が、ずいぶん寂しがっていたからね」
「そうですね……」
おじいちゃんと会ったのは数回だけれど、あんなに懐いてくれて嬉しく感じる。身近な人間が死ぬということを、実感したのはこれが初めてだったかもしれない。やはりショックはあるだろう。无限大人はベッドに横になっている私の身体を優しく抱き寄せて、しっかりその腕の中にしまいこんだ。
「……无限大人?」
その仕草はいつもとどこかが違っていて、離したくないとでもいうような力加減だった。痛くはないけれど、どうしたのかと気になる。无限大人も、小黒と同じように考えているのだろうか。
「これから、子供が産まれるというのに……その先のことなんて、考えても仕方がないのにね」
无限大人の声には悲しみと、どうしようもない無念さがあった。
「そうですよ。子供が産まれるんです。无限大人は、私が幸せだと言ったら、まだまだだって言ってくれた。本当にそうです。これ以上の幸せなんてないって思っても、いつも、それ以上の幸せをくれるんです。今、結婚式のときよりもっと幸せで……この子が産まれたら、さらにもっと、幸せになるんです」
无限大人の胸元に頬を寄せながら、静かに語りかける。
「大好きです、无限大人」
「……っ」
无限大人は、抱きしめる腕に力を込める。隙間なんてないほどに、ぴったりと密着して、お互いの体温を感じ合う。
ずっと、こうしていたい。暖かな愛に包まれて、際限ない幸せに満たされて。
私は本当に幸せなんです。无限大人。

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