88.訃報

无限大人は免許を取ってから、毎週のように小黒に付き合ってもらって運転の練習をしている。まだ小黒の許可が降りないので、私は乗れていない。二人で楽しそうに出掛けていくからちょっと羨ましい。今日もお昼ご飯を食べてから、二人で特訓に出掛けてしまった。一人で少し寂しく思いながら、ソファに座り映画を見ることにした。その日選んだ映画は当たりで、気がつけばおやつを食べることも忘れて一人号泣していた。いい映画を見られたときの満足感は何度味わってもいいものだ。今度二人にもすすめよう、と映画の余韻を味わっていると、端末が鳴った。お母さんからだ。ちょうどいいタイミングだ。お母さんにもこの映画をすすめよう。
「もしもしお母さん?」
『ごめんね、今大丈夫?』
お母さんの声は低く、いつもと様子が違った。私はソファに座り直して話を聞いた。
「え……おじいちゃんが……?」
『そう……。眠ってるみたいに、穏やかだったよ……』
「……そっか……」
それ以上は声が震えて、言葉にできなかった。そろそろかもしれない、とは思っていたけれど、こんなに早いなんて。
「お葬式、行きたい……」
『そうね。无限大人と、お医者さんと相談して』
「うん」
日本に帰るには長旅になる。身体には負担になってしまうけれど、せめてお葬式には出たい。物知りで、色んなことを教えてくれたおじいちゃん。ずいぶん前に引退したけれど、おじいちゃんにお世話になった館の妖精たちは私におじいちゃんにどれだけ感謝しているか教えてくれて、私にも親切にしてくれた。そんなおじいちゃんが、いなくなってしまった。喪失感が大きくて、動けなくなる。通話を切ってから、ほろほろと涙が零れた。おじいちゃんに、赤ちゃんを見て欲しかったのに。
「小香! ただいまー!」
玄関から元気な声がして、小黒と无限大人が帰ってきた。
「これお土産! ドーナツ! 食べよ!」
甘い匂いのする箱を掲げて駆け寄ってきた小黒は、私が泣いているのに気づいて慌ててドーナツの箱をテーブルに置き、私の傍に屈んで顔を覗き込んできた。
「どうしたの!? 大丈夫? 何かあった!?」
「うん……」
「小香」
无限大人もすぐに私の隣に座り、背中に手を添えてくれた。
「おじいちゃんが……亡くなったって……電話で……」
「おじいちゃんが!?」
「……そうか」
小黒は目を見張る。无限大人は俯いた。二人にも、体調がよくないことは伝えてあった。
「もう、魚釣り行けないんだ……」
小黒は耳をぺたんとさせる。无限大人は私の身体を抱き寄せてくれた。
「お葬式、行きたいんです。行ってもいいですか?」
「ああ。私も行こう」
「ありがとうございます……。みんな、喜びます」
无限大人が来てくれたら、とても嬉しい。
「ぼくも行っていい?」
小黒はお葬式は初めてだろう。よく分かっていないながらに身を乗り出してきた。
「うん。小黒もありがとう。お葬式でね、おじいちゃんにお別れを言いに行くんだよ」
「うん……」
无限大人はすぐに手配しよう、と立ち上がる。
「でも、お医者さんにも相談してから……」
「いや。転送門を使おう」
「え? 日本にも通じてるんですか?」
「ああ」
无限大人は短く答えて、電話を掛けた。恐らく相手は館長だ。でも、私は人間だし、こんな個人的なことに借りてしまっていいんだろうか。私が悩んでいるうちに、无限大人は電話を切った。
「いつでも利用していいとのことだ。君の体調さえ問題なければ、行こう」
「あ、ありがとうございます……!」
飛行機に乗らずに行けるとは思わなかった。館長には結婚式のときもお世話になった。何かお礼ができればいいのだけれど。すぐに準備をして、日本へ向かった。

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