85.やっぱり過保護

心配ごとはいろいろあるけれど、不安はなかった。お医者さんにご懐妊です、と伝えられたとき、腹が据わった。私が母になって、この子を育てていくんだと。
无限大人はとても喜んでくれた。私を抱き締めて、ありがとうと伝えてくれたとき、ああ、この人の子を産めるんだととても嬉しくなった。
小黒は胎内で子供を育てるということをとても不思議そうにしていたけれど、お兄ちゃんになると言われて自覚が芽生えたようで、早く会いたいとお腹の赤ちゃんに伝えてくれた。
きっと大丈夫だ。三人で頑張って、この子を育んでいこう。
あとは母親にだけ報告した。まだ安定期ではないから他の人へはもう少し後にする。母も孫ができると喜んでくれた。
「おじいちゃんの具合はどう?」
最近、おじいちゃんの体調がよくないと聞いている。お母さんはあまりよくならない、と沈んだ様子で答えた。ほとんど寝て過ごしているそうだ。
「でも、曾孫ができたって聞いたら元気でるかもね」
お母さんはそう言って空元気に振る舞ってみせる。おじいちゃんの弱った姿を直接見ているから、感じているんだろう。もう、あまり長くないのかもしれないと。お互い口には出さず、今回は短めの通話時間で切った。また改めて色々相談することになるだろう。
「小香、夕飯はどうする?」
「私作ってもいいですか? 自分で食べれそうなものを……」
「いや、私が作るよ」
寝室に戻ってきて尋ねる无限大人に答えると、无限大人はきっぱりと言った。妊娠が発覚して、万が一のことが起きないように、私に何もさせないつもりらしい。私はベッドから降りて、キッチンに向かおうとする。
「大丈夫ですって。どこか悪いわけじゃないんですから。何もしない方が腐っちゃいます」
「しかし……」
无限大人は入口に立って私が出られないようにする。私は无限大人の胸元に手を置いて、顔を覗き込んだ。
「じゃあ、近くで見守っていてください。何かあっても大丈夫なように」
「……わかった」
无限大人がしぶしぶながら頷いてくれたので、私はにこりとして无限大人から離れる。无限大人は身体をずらして私を外に出してくれ、二人でキッチンに向かった。
「油は使わない方がいい。跳ねて火傷する」
「野菜は私が切ろう。指を切っては大変だ」
「高いところにあるものは私が取るから言ってくれ」
「しゃがむのもよくないか?」
私がひとつ何かしようとするたびに无限大人はあれこれ心配ごとを口にする。ちょっとでも傷つこうものなら救急車を呼ばれそうな勢いだった。見守ってほしいとは言ったけれど、ここまで過保護とは思わず笑ってしまった。
「笑い事ではないよ。大事な身体なんだから」
「はい。肝に銘じます」
无限大人が真面目な顔をするので、私もなんとか堪えようとしたけれど、やっぱり笑ってしまった。
「ほんとに何もできなくなるじゃないですか」
「できれば何もせずにいてほしいよ」
冗談ぽく言ったら大真面目な言葉が返ってくる。
「私がするから」
「全部任せっぱなしじゃ落ち着かないですよ。やれることはやります」
「危ないことは私がやる」
「普段やってることじゃないですか」
そんなことを言い合いながら、着々と夕飯は出来上がった。今度はちゃんと食べられてほっとする。今日から始まるんだ、とお腹の赤ちゃんを意識しながら、気持ちを新たにした。

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