83.予兆

「小香、昼食ができたよ」
「はい、今行きます」
今日は无限大人がお昼を作ってくれた。読んでいた本を閉じてリビングに向かう。もう小黒は椅子に座っていた。
「小香! 早く!」
「ごめんね、小黒。お待たせ」
急かす小黒に謝ってから椅子に座ると、温かな匂いが鼻に届き、胸がむかつく感じがした。
「ん……?」
「小香、どうした?」
「あ……いえ」
微かな違和感を覚えながらお箸を手に取って食べようとしたけれど、ちっとも食欲が湧かないことに気がついた。
「なんだか……少し、気持ち悪いかも……」
「食べないの?」
なかなか食べようとしない私に、すでに食べ始めている小黒が不思議そうに尋ねる。
「うん……お腹は空いてるんだけど……」
「ちゃんと美味しいよ」
小黒は味の心配をしているのかと考えてそう教えてくれる。无限大人の料理が美味しくなったことはわかっている。だからこれは、違う理由だ。
「無理はしなくていい。体調がよくないんだろう」
无限大人は私を気遣ってそう言ってくれる。
「ごめんなさい……せっかく作ってもらったのに」
「いいんだ。私と小黒で食べるよ。他に食べられそうなものはあるか?」
「うーん、今はいいです。部屋で休んでみます」
「わかった。何かあったらすぐに呼んで」
「大丈夫ですよ! ちょっと休んだら元気になりますから」
心配そうな无限大人と小黒の視線に見送られながら、部屋に戻る。无限大人の料理が食べられないなんて。熱でもあるのかと体温を測ってみる。平熱より少し高いけれど、微熱というほどでもない。
ベッドに戻って、本を開く。料理の匂いから離れたせいか、もう気持ち悪さはなくなっていた。お腹は空いているけれど、何か食べたい気分になれない。どうしたんだろう、と考えてみる。ここのところは、体調はよかった。4月に入って暖かくなり、過ごしやすくなった。そういえば、そろそろ生理が始まるはずだけれど、まだ来ていない。元々生理前も生理中もそれほど体調が変わらないタイプだ。生理……と考えて、あ、と思考が止まる。
もしかして。
そう気づくと、落ち着かなくなった。鼓動が少しずつ早まっていく。いや、でも、まだそうと決まったわけじゃない。もしかしたら、気の所為かもしれない。急いで電子書籍を開いて、該当の箇所を読み返す。今の自分の症状に当てはまることも、当てはまらないことも書いてあった。
「……どうしよう……?」
考えて見ても仕方ない。一度病院に行くしかない。頭では答えが出たけれど、なかなか身体が動かなかった。だって、もし本当に、そうだとしたら。
「……!」
言葉にならない感情が溢れた。想いが綯い交ぜになって、熱い涙に変わる。
「小香、やっぱりお粥を作ろうか……」
ドアが開いて、无限大人が私の様子を見に来てくれた。泣いている私を見て目を丸くし、駆け寄ってくる。
「どうした? 苦しいのか?」
「いえ……! 違うんです。ただ……私……」
「やはり病院に行こう。タクシーを呼ぶよ。いいね」
「……はい」
私が頷くと、无限大人はすぐに電話を掛ける。私はぎゅっと自分の服を握り締めた。とにかく、確かめないことには何もわからない。すべては結果が出てからだ。
「小黒、小香を病院へ連れていくから、留守番を頼めるか」
「うん。師父、小香をお願いね」
「ああ」
「行ってくるね、小黒」
「気をつけてね。いってらっしゃい」
小黒に見送られて、私たちはタクシーに乗り込んだ。

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