7.あのときの気持ち

 彼女と想いが通じた日から間を開けず、誕生日が来ると聞いて、何を贈ろうかと悩んだ。彼女自身から、遠慮がちに誕生日を教えてくれたのが嬉しかった。一緒に過ごしたいと望んでくれたことが歓びだった。
 実際には、任務で当日は共に過ごせず、彼女に悲しい思いをさせてしまったことを悔やんだ。その分、贈り物に想いを込めようと、真剣に考えた。女性に贈るものなら、身に着ける飾りがいいだろうか。以前、髪留めを贈った時はとても喜んでくれて、それを身に着けている姿を見るのは心が満たされるものだった。
 私が想いを込めたものを、彼女に贈ろう。
 そう決めて、時間を見付けては店に足を運んだ。しかし、なかなか彼女に見合うものが見つからない。どれを見ても、どうもぴんと来なかった。そうするうちに、時間はどんどん迫ってくる。間に合わないか、と焦り始めたとき、偶然その店を見つけた。
 古色蒼然とした店構えに目が止まり、なんとはなしに足を踏み入れた。そこは装飾品店ではなく、様々な骨董品が置かれていた。一見規則性なく、適当にかき集められているかのようだったが、全体を眺めてみるとよくまとまっているように見えて、店主の活眼が伺えた。
 その中で、あの翡翠を見付けた。それは簡素な指輪に誂えられていた。その色を見て、彼女の指に嵌められている場面が自然と浮かんできた。これだ、と直感し、店主に声を掛けた。
 男が意中の女性に指輪を贈るということは、意味がある。それは近年西洋から伝わった風習だ。念のため、日本でも同じか調べた。日本も左手の薬指につけるのが特別な意味を持つと知り、これしかないと思った。私が単に一時的な感情で求めたのではないことを、伝えたかった。彼女と想いが繋がったときから、もう離れることは考えられなくなっていた。これから先の人生を、私の隣で過ごして欲しい。その想いが確かにあった。
 それを、この形なら伝えられる。そう感じて、自然と笑みが零れた。
 あとは渡すだけだ。それなのに、任務が長引き、当日に渡すことが叶わなかった。数日後の夜遅くに龍遊に戻ることになり、こんな時間では迷惑だろうと知りつつも、会いたい気持ちを押さえられず彼女の家を訪ねた。突然の訪問にも関わらず、彼女は笑顔で出迎えてくれた。頬は薔薇色に染まり、柔らかに細められた瞳に込められた愛情を見たら矢も盾もたまらなくなり、お茶を淹れてもらうのも待てず、贈り物を手渡した。
 指輪を見たときの彼女の驚きと喜びに満ちた表情が忘れられない。少し緩かったので、金属を操り指にぴったり嵌めると、何が起こったのか理解できなかったようで、不思議そうに目を丸くしたのがかわいらしかった。
 指輪を受け取ってもらえてその日は満足していたのだが、後日、彼女にどうして指輪を選んだのか聞かれてしまって、困惑した。
 彼女が言いにくそうに言葉を選びながら疑問を呈するのを聞くうちに、そういえば、渡しただけで満足して、きちんと言葉にしていなかったかもしれないと気付いた。
 なので、改めて私の想いを伝えた。彼女は泣きそうに目を潤め、幸せそうに微笑んだ。
 今、私の左手にも、彼女の選んでくれた指輪が嵌められている。彼女も同じ想いを抱き、それを私に贈ってくれた。二人の想いは繋がっている。指輪を見るたびにそれが実感でき、心が満たされる。
 こんなにも想いが募って溢れ続けるとは、思ってもみなかった。彼女と過ごす時間を重ねるほどに、それは際限なく深まっていく。
「无限大人、どうしました?」
 二人で向かい合って、お茶を飲むこの時間がとても愛おしい。
 ただ彼女を見つめていると、彼女は少し照れたように笑みを浮かべながら私を見上げた。
「満たされている、と思って」
「それは……。私も、同じです」
 彼女は茶杯を置き、両手で包むようにして持ちながら、頬を染め、微笑する。彼女のさくらんぼのような唇に視線が吸い寄せられた。愛を紡ぎ、愛を囁く愛らしい器官。嬉しければ緩み、怒るとすぼめられる、かわいらしい部位。
「もう、一年経つんですね」
 指輪を嵌めた手の甲をそっと撫でながら、彼女は感慨深げに息を吐く。
「私にとってはまだ、かな」
「え?」
「まだ一年しか経っていないんだ。それなのに、君とはもうずっと長い時間を共にしているような気がする」
「そうですか?」
 そう言うと、彼女はおかしそうに笑った。真剣に話しているのだが、時折彼女の笑いを誘うことがある。できれば、照れてむくれる顔が見たいのだが、なかなかうまくいかない。
「まだ一年なのに、こんなに好きになっちゃって、これ以上一緒にいたら、どこまでいってしまうのか、たまに考えるんです」
 そうしたら、私を喜ばせるようなことを言うものだから、心臓が変な音を立てる。彼女はなんでもないことのように、大変なことを口にしてくれる。
「こんなに人を好きになれるんだって……自分で驚いて。でも、際限なんてないみたいで……。どこまでもいけそうです」
「君とならいけるよ。どこまでも」
「ふふっ」
 心からそう答えてテーブルの上の彼女の手に手を重ねる。彼女は嬉しそうに笑った。ずっと、この朗らかな笑い声を聞いていたい。来年は、私たちはどこまでいっているだろう。想像する未来は希望に満ち溢れていた。

|