77.寂しさと再会

久しぶりに无限大人が数日帰ってこない日が続いた。立て続けに任務が入ったそうだ。近頃は夜はほとんど一緒にいたから、なんだか余計に寂しさを感じてしまった。
「小黒、歯磨きした?」
「したよ! おやすみ、小香」
「おやすみ、小黒」
小黒は自分の部屋に戻り、私も寝室に戻る。无限大人がいないとベッドが大きく感じる。なんとなく真ん中ではなく端の方に寝転んで、いつも无限大人が寝ている方の空間を見た。彼がいなくて、ぽっかり空いている。无限大人がいるのが当たり前のように感じていたけれど、そうじゃないんだ。无限大人と出会う前は一人で寝るのになんの不都合もなかったし、元々寝付きが悪い方だから、誰かと寝るのは落ち着かないと思う方だった。无限大人はほとんど寝返りを打たない。仰向けに姿勢よく寝ている。私はその胸の上に頭を置くことが多いから、枕を使うことが減った。今改めて枕に頭を置いて、その感触の違いを意識する。鼓動の音も聞こえない。温もりもない。ただの枕。
「无限大人……」
連絡をしてみようかと思ったけれど、忙しいかもしれないからと遠慮した。无限大人からも連絡がないから、やはり暇がないんだろう。一人で包まる布団はなかなか暖まらない。ひんやりとした温度に、ますます寂しさが募る。
「寂しいな……」
思いが溢れてどうにもならなくて、呟いてみる。答える声はなくて、余計に切なかった。たった数日のことなのに、こんなに辛くなってしまうなんて、すっかりその存在に依存してしまってる。无限大人はいなくてはならない人だ。改めてそう感じて、端末を取った。電話は無理でも、メッセージだけでも送りたい。会えなくて寂しい気持ちを素直に伝えた。無理はしてほしくないけれど、できれば早く帰ってきてほしい。
「我想……」
送信ボタンを押したら、少し気持ちが軽くなった。目を閉じて寝ようとする。けれどどうも寝付けなかった。なかなか眠気が来ない。どうしても眠れないので、起き上がって上着を着た。お茶を淹れて、庭に出る。空は綺麗に晴れていたけれど、月は見えなかった。
濃紺の夜空を見て、无限大人の髪の色を想起する。さらさらで長い髪が風に靡くのを見るのがとても好きだ。私の上に覆い被さると、横に流した長い前髪が頬に触れてくすぐったくなる。目を閉じると、触れる唇の熱さを思い出せた。
そのとき、端末が震えて、メッセージの着信を教えてくれた。どきどきしながら確認すると、无限大人からだった。
『私も寂しい。離れた空から君を思って星を見上げている。君にも見えるだろうか』
読んでいると、涙が込み上げてきた。无限大人も、夜空を見上げている。端末を胸に抱いて、改めて空を見上げた。それから、写真を撮って、无限大人に送ることを思いついた。
「こちらも、よく晴れていますよ、无限大人」
すると、无限大人も夜空の写真を送り返してくれた。返信しようと思ったら、電話がかかってきた。嬉しくてすぐさま出る。
『もう寝ていると思った』
「寝付けなくて……お忙しいかなと思って、メッセージにしたんです」
『うん、連絡できなくてすまない』
「いいえ……。でも、声が聞けて嬉しいです」
『私もだ。変わりないか?』
「私も小黒も元気ですよ」
『よかった。すまないが、もう少しかかりそうなんだ』
「はい……。仕方ないですけど、少しの間会えないだけで、こんなに寂しくなるなんて思ってませんでした……」
『近頃なかったからな』
无限大人も、声音に寂しさを滲ませていて、きゅんと胸が疼いた。
「无限大人……好きって、言って欲しいです」
自分からこんなことを頼むなんて、初めてかもしれない。甘える私に、无限大人は笑うでもなく、優しく答えてくれた。
『好きだよ、小香。いつも君を想っている』
「无限大人……私もです。大好きです」
低く、穏やかな声に心が蕩けてしまう。寂しさに凍えそうな気持ちが暖かくほぐれていった。
『眠れそう?』
「はい。身体の芯まで温まりました」
『はは。この手で温めてやれないのが辛いが』
「帰ってきたら、いっぱい抱きしめてください」
『もちろん』
「ふふ。じゃあ……明日も早いでしょうから」
『うん。おやすみ、小香』
「おやすみなさい、无限大人」
『愛しているよ』
「……っ、わ、私も……っ!」
不意打ちに戸惑う私にもう一度笑いながらおやすみと言って、无限大人は通話を切った。私は端末を握ったまま、しばらく衝撃に逸る鼓動が落ち着くまで動けなかった。
耳まで熱くなってしまった。せっかく穏やかな気持ちになっていたのに、これでは別の意味で眠れない。
「もう……」
触れられないところにいるときに、煽るようなことをしないでほしい。无限大人をうらめしく思いながら部屋に戻り、カップを洗って寝室に戻った。

数日後の夜、ようやく无限大人から帰ると連絡をもらって、そわそわしながら待っていた。
「小香、落ち着きないね」
「だって、そろそろかなって」
ソファに座りつつも、鍵を開ける音が聞こえないかとそわそわしている私を見る小黒の顔はちょっと呆れている。
「いままでだったら、小黒の方がそわそわしてたのに」
「そうだっけ?」
小黒は素知らぬ顔だ。その成長がちょっと寂しい。そのとき、小黒の耳がぴくりと動いた。
「帰ってきたよ」
「ほんと?」
私の耳では何も聞こえなかったけれど、小黒を信じて玄関に向かう。鍵を開けてドアを開けると、ポケットに手を入れた无限大人が立っていた。
「无限大人!」
「小香」
何か言う前に、靴も履かずに飛び出して、无限大人に飛びついていた。分厚いコートの上からぎゅっと抱きつく。无限大人は冷たい冷気をまとっていた。私を抱きしめ返して、无限大人は囁く。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
嬉しくてしばらくそうしていた。无限大人は私が冷えてはいけないからと、私を片手で抱きしめたままドアを閉め、靴を脱ぐ。このままではコートが脱げないからと、しぶしぶ離れた。
「寂しい思いをさせたね」
「はい……寂しかったです……」
いいえ、と否定しないといけないのに、素直に頷いてしまった。无限大人は眉を下げて申し訳なさそうに微笑み、私の頭を撫でた。それから、リビングに行って小黒にも声をかけた。
「おかえり、師父!」
立ち上がって飛びつくことこそしなくなったけれど、小黒もやっぱり嬉しそうだった。无限大人がいて、三人揃うと、より部屋の中が明るくなった気がする。ソファに座って小黒と話す无限大人の姿を眺めるうちに、帰ってきてくれた実感が湧いてくる。
嬉しさに弾む気持ちで、无限大人に温まってもらうと、お茶を淹れにキッチンに向かった。

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