76.唯一無二の眼差し

今日は久しぶりに无限大人と休日が重なった。出かけようかとも考えたけれど、せっかくだから家でゆっくりしようということになった。小黒はいつものように小白たちと遊びに行った。学校がある日も、休みの日も、構わず毎日のように遊んでいる。
「晴れてますし、お庭でお茶にしましょうか」
庭のテーブルをきれいにして、セッティングをする。お茶とお菓子を用意して、しっかり着込んだ上で、暖かな日差しの中お茶を飲んだ。
「近頃、体調はどうだ?」
「変わりないですよ。元気です」
「そうか」
无限大人は安心したように答える。けれど、少しだけ残念そうな様子も見える。私もそろそろどうだろう、と思っているけれど、どうもそういう兆しはまだなかった。
「そう、すぐに……ってものでもないんですね」
「授かるものだからな。ゆっくりいこう」
「はい……」
早くそのときがこないかとそわそわしているけれど、一方で、まだ二人だけの蜜月を味わっていたいという気持ちもある。きっと子供ができたら、いろんなことが変わってしまうだろう。それを受け入れる準備は少しずつできてきているけれど、それはそれとして、今のこの甘く濃厚な日々を少しでも長く続けたいと望んでしまう。毎日毎日、无限大人は私を熱く、深く、愛してくれる。私も少しでもそれに報いようと頑張っている。ただ全身で愛を受け止めて、何も憂えず、何も恐れず、暖かな幸せばかりを甘受して、こんなに満ち足りた日々でいいんだろうか、なんて思ってしまうほど、光に満ちていて影は欠片もない。不安を萌す暇もないほど、无限大人は私をしっかりと抱きしめてくれている。大きな海に抱かれる安心感はこんな感じだろうか。揺らがず、まっすぐに立ち、頼もしく、守ってくれる人。そんな人がそばにいてくれていて、何を怖がる必要があるだろう。
无限大人はお茶を飲みながら、微笑を浮かべ、じっと私を眺めている。
「なんですか?」
その視線を黙って受け止めていたけれど、そろそろ耐えられなくなって、上目遣いに見ながらやめて欲しいと伝える。无限大人はふと笑って目を伏せ、また私を見た。
「なんでもないよ」
「なんですか、それ」
はぐらかされて、また見つめられるので、落ち着かない気持ちで髪を耳にかけたり、お茶を飲んだり、お菓子をかじったりしてみる。无限大人はその動作ひとつひとつを、愛情深い視線で見つめている。
――どうしてそう、存在まるごと愛おしい、とでもいうような眼差しを向けることができるんだろう。
「どうして……私のこと、そんなに」
无限大人の気持ちを疑ったことはない。ただふと、とても不思議に感じることがある。こんなことが現実にあっていいんだろうかと。私はただ、一年だけこちらに来て、无限大人に一方的に想いを募らせていただけの、平凡な女なのに。
「君こそ、どうしてそんな瞳で私を見てくれるんだ」
質問に質問で返されてしまった。そんなこと、他に答えようがない。
「だって、大好きですから……」
この想いだけは揺るがない。確かなものだ。
「その瞳に見つめられると、私はすべてを許されて、肯定されているような気分になるよ。これほど得がたいものはない」
「そんなことは……ないはずです」
无限大人は、きっと彼自身が思うよりずっと、たくさんの人に、妖精に、愛されている。私が一番だなんてことは、なかなか言えない。気持ちとしては、そうありたいと願っているけれど。
「私には、唯一だ」
无限大人は茶杯を置き、手を伸ばして頬にかかった髪を耳にかけてくれる。
「私を甘やかしてくれる」
「ふふ。甘やかされてるのは私です」
「君の笑顔に和み、安らぎ、また、熱くもなる」
「……っ」
「これほど感情を揺さぶられることも、もうないと思っていたよ」
「无限大人……」
无限大人の手のひらが優しく私の頬を包み込む。
「私も、こんなに好きなのは大人だけです。こんなに、胸が張り裂けそうな想いを抱くのも、心の奥底からいくらでも愛しさが湧き上がってくるのも。他にはいません……」
「私は幸運だ。君に愛されて」
「私は幸せです。あなたが、私を見てくれてる……」
向けられた言葉に、同じ想いを返していく。大好きで大好きで、愛おしい。言葉を伝え合うたびに、お互いの声音が共鳴して、胸を震わせて増幅し、奥深くまで浸透していく。
茶壺は空になり、お菓子も食べ終わってしまった。そろそろ冬の僅かな日差しも陰り始める。芯まで冷えてしまわないうちに、私たちは寄り添いながら家の中に戻った。

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