75.无限手作り料理

 无限大人は、暇さえあれあれば台所で何か作って練習に励んでいた。たまに小黒に味見を頼んでいたけれど、私には何も言ってこなかった。今は一人で練習したい、とのことだった。そんな日々がしばらく続き、気が付けば一月も後半に入っていた。
「小香。明日は仕事か」
「そうですね。无限大人はお休みでしたっけ」
「ああ。できれば早く帰ってきて欲しい」
「たぶん、残業はないと思います。何かありました?」
 心当たりがないので訊ねると、无限大人は肩を揺らして笑った。
「自分の誕生日を忘れているね」
「あっ……。そういえば、もうそんな時期ですね」
 そろそろだったかも、とは思っていたけれど、明日だというのは失念していた。もう誕生日を心待ちにするような年齢でもない。
「実は、私の手料理を振る舞いたいと思っている」
 无限大人は真剣な様子でそう告げた。私もつられてごくり、と咽喉を鳴らす。
「と、いうことは……」
「小黒に太鼓判をもらった」
「わあ……! やりましたね!」
 无限大人はやり遂げた顔をしてみせた。私に味見をさせてくれなかったのは、誕生日に向けての特訓だったから、ということだろうか。なんだかかわいらしく思えて、にやけてしまう。
「何か食べたいものはあるか?」
「无限大人が得意な料理を食べたいです」
「……わかった。では、腕を振るおう」
「ふふ! 楽しみです」
 无限大人がどんな料理を作ってくれるのか、今から食べるのが待ち遠しかった。
 誕生日当日、仕事を早めに切り上げて、急いで家に帰る。家に帰るまでの道のりは浮足立っていて、ついつい速足になってしまった。
「ただいま」
 コートを脱いで、部屋に鞄を置いて、リビングに入ると、途端にクラッカーの音が鳴り、目の前で紙吹雪が舞った。
「お誕生日おめでとう! 小香!」
「おめでとう」
 小黒と无限大人が入口で待ち構えていて、私が入るのに合わせてクラッカーでお祝いしてくれた。驚いたあとに、嬉しさが込み上げてきて、声を上げて笑ってしまう。
「あはは! ありがとうございます! びっくりしました」
「へへへ。見て! 師父と二人で飾ったんだよ!」
 リビングは風船や色紙で賑やかに飾られていた。せっかくなので、写真を撮る。飾りを撮っていると、二人が近寄ってきたので、三人で記念に写真を撮った。
「きれいだな。すごく嬉しい……!」
 写真を確認して、また部屋を眺めていると、无限大人にテーブルの方へ手を引かれた。
「冷める前にどうぞ」
「おお……!」
 テーブルの上には、たくさんの料理が並べられていた。云呑面、蛋炒飯、白灼菜心、龍井蝦仁、東坡肉など、たっぷり作られていた。
「こんなに作ったんですか」
「たくさん食べてほしくて」
 无限大人はにこにこして席に着き、唖然としている私を眺めている。小黒も期待に満ちた目を私に向けている。无限大人の料理を食べたときのリアクションを想像しているようだ。
「さあ、食べてみてくれ」
「はい……。いただきます……!」
 お箸を手に持って、近くの白灼菜心を摘まんだ。そのまま口に運び、噛みしめる。
「……ん……!」
 二人が少し身を乗り出して、私の表情を見守る。私は口を手で押さえて、しっかり飲み込んでから口を開いた。
「……美味しいです! すっごく美味しい……!」
「よかった」
 无限大人は目を輝かせた私に、ほっと安堵の息を吐く。
「やったね師父!」
 小黒が片手を出すので、无限大人は手を打ち合わせて成功を祝った。
「二人の協力のお陰だ。ありがとう」
「ぼく味見頑張ったもんね」
 小黒は遠慮なく自分の功績を自慢する。そんな小黒に、无限大人は優しいまなざしを向けた。
「これからは私もご飯を作るよ。君にばかり負担をかけたね」
「とんでもないです! 好きで作ってたんですから。でも、无限大人の手料理が食べられるようになるのは嬉しいです」
「ああ。私も、二人に食べてもらえる料理が作れるようになって嬉しい」
 无限大人は感無量といった表情でそう言った。今日までずっと頑張ってきて、ついに成し遂げた。本当にすごいことだと思う。そのあとは三人で无限大人の料理を堪能し、私も普段より多めに食べて、完食した。

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