73.買い出し

  今年は一緒に年越しができそうだよ、と言われて、思わず両手を上げて喜んでしまった。春節をもう三回も祝っているけれど、やはり子供の頃からの習慣である正月の方が馴染みが深い。去年は任務で不在だったから、一緒に過ごせるのは初めてだ。ただ、何かあったときにすぐに動けるようにしておく必要があるから、実家へ帰ることは断念した。けれど、今回は無理でも、いつか実家のおせちを食べてほしいと思う。
「買い出しはこんなものかな……」
 年末は買う物がたくさんある。忘れないようにメモに書き出していた。何度か読み返して、足りないものが他にないか確認する。
「よし。これで全部!」
「よーし! 買い物行こうっ!」
 テーブルの向かい側に座って足をぱたぱたしながら辛抱強く待っていた小黒は、飛び上がるようにして椅子を降りると、部屋にコートと帽子と手袋を取りに行った。私も部屋に行って出かける準備をする。そして、部屋にいた无限大人に声を掛けた。
「お待たせしました。行きましょう」
「うん」
 この前のクリスマスプレゼントでもらったマフラーと手袋をして、防寒をする。无限大人も暖かそうなコートを羽織った。部屋を出ると、玄関前に準備万端の小黒がいた。もう靴を履いている。
「二人とも、行くよ! 早く早く!」
「早く行かないと売り切れちゃうっ!」
 小黒に急かされるままブーツを履き、外へ出る。冷たい外気が顔にかかり、ぶるりと身体が震えた。
「はあ、そろそろ暗くなっちゃうな」
「日が落ちるのが早くなったな」
 赤く染まった太陽が家々の屋根に触れそうなほど低い位置まで降りてきている。帰るころには星空になっているだろう。
「バイクで行こう」
 无限大人がどこからか赤いバイクを取り出すと、小黒は子猫の姿に変化して前のカゴに飛び乗った。无限大人がバイクに跨り、私はその後ろに座って、无限大人の腰に腕を回した。
「寒いだろうから、しっかり襟を閉めて」
「はい」
 言われた通り、風が吹き込まないようにマフラーをきっちり巻き付ける。バイクはエンジン音を響かせて走り出した。通りは、いつもより賑やかだ。街中の人が集まっているのかと思うくらいだ。誰もが慌ただしく新年を迎える準備に追われていて、品物を求める大きな声が飛び交っている。私たちもそれに混じり、必要なものを買いそろえていく。
「劉さん。この魚安くしとくよ」
「あ、今回は魚は……でも安いな……」
 顔なじみの店員さんに呼び止められて、思案する。メモにはその魚は書いていなかったけれど、せっかくなので買うことにした。食材は、足りないよりは多い方がいい。いまだに劉、と呼ばれると胸の奥がじんわりと熱くなる。无限大人と戸籍をひとつにして、家族になった証だ。こちらでは夫婦別姓だから、同じ姓だと告げると怪訝そうな顔をされる。私が日本人で、夫婦同姓であることを伝えても、やっぱり納得いかなそうな人が大半だ。姓を大事にしていないわけではない。ただ、やはり子供のころから、結婚したら旦那様の名字になるものだ、と思っていたから、そこに特別な意味を感じているということはある。その家に嫁ぎ、家の一員となる。そのわかりやすい形だ。无限大人は姓を持っていないから仮のものではあるけれど、同じ姓を名乗れるということが、嬉しかった。
「小香、これで全部か?」
 両手に持ったカゴ一杯に商品を詰めて、无限大人が私に確認する。私はメモを読み返して、メモよりちょっと増えちゃったな、と思いつつ頷いた。
「はい。レジ行きましょう!」
 荷物が多くなってしまったので、バイクに積めるか心配していると、无限大人はしれっと霊域に荷物をしまってしまった。本当に便利な力だ。
「せめて私も、霊域に物をしまえるくらいはできるようにならないかなぁ」
「くらいは、というが、簡単ではないよ」
 羨ましくてぼやいた私に、无限大人は肩を揺らして笑った。

|