70.白灼菜心

「小香、食べてみてくれないか」
休日の午前中、无限大人は一人でキッチンに篭っていた。大丈夫だろうかと様子を伺いたかったけれど、真剣な様子を見ると悪い気がして結局ソファに座っているしかなかった。
ずいぶん長く感じる時間が経ち、无限大人が手にお皿を持ってキッチンから出てきて、思わず立ち上がる。
「白灼菜心だ」
それは青菜を炒めて醤油で味付けするだけの簡単な料理だ。見た目は問題なさそうだった。私が椅子に座ると、无限大人はお皿とお箸を私の前に並べ、座らずに私が食べるのをじっと待っていた。
「……では、いただきます」
緊張しながらお箸を手に取る。いままで、一緒に料理の練習をするときは、私がある程度味を整えてから味見していた。だから、无限大人一人で作った料理を食べるのは、これが始めてだ。……確か、そのはず。
一口分の青菜をお箸で摘んで、思い切って口の中に入れる。舌に乗せて、噛んでみると、しょっぱさと葉物の青さが口の中に広がった。
「ん……!」
「どうだ?」
「食べられます! 食べられますよ!」
思わず思った通りを口にしてから、あ、と口を手で押さえる。けれど、无限大人はすごくほっとした顔をした。そして、私の前に腰を下ろす。
「よかった。いままでは、口に入れても飲み込めず吐き出していたからな……」
そう言って无限大人は遠い目をする。練習するたび、味見をして、食べられず吐き出していたらしい。今回は、失礼ながら、お世辞にも、美味しいとまでは言えないけれど、とにかく食べることはできる。
「今日は自分でも飲み込めた。初めてのことだ」
「すごいです……!」
これまで地道に努力を積み重ねてきた成果が、いよいよ形になろうとしている。なんだか感激して、涙ぐんでしまった。
「任務の合間も、練習していたんですよね。うまくいかなくても、諦めずに挑み続けて……本当に无限大人はすごいです」
「君が丁寧に教えてくれたからだ。それに、飲み込めるようになっただけで、まだまだ人に食べさせるような出来じゃない」
「ここまでくれば、もうすぐですよ!」
嬉しくて、无限大人が作った料理の残りも食べる。一口一口が感慨深かった。けれど、そんな私を无限大人は心配そうに見る。
「無理して食べなくても」
「してませんよ。无限大人の料理が食べられて嬉しいんです!」
本心から笑う私に、无限大人は苦笑した。
「それは、ちゃんと美味い料理ができてから、喜んで欲しい」
「ふふふ。すぐできますよ」
ここまでできるようになったのだから、あとは時間の問題だと思う。
「ごちそうさまでした」
「……ありがとう」
无限大人は妙に感慨の籠った声音で言う。
「美味いものではないが、自分の作ったものを食べてもらえるのは……こんなに嬉しいものなんだな」
しみじみと微笑む无限大人に、そうか、とはっとする。无限大人はいままでよかれと思って小黒や私に料理を作ってくれていたけれど、ちゃんと食べてもらえたことがなかったんだ。私たちとしても、どれだけ无限大人のことが好きだとしても、こればかりはどうしようもなかった。私もたいした腕ではないけれど、少なくとも二人は喜んで食べてくれていた。その喜びを、无限大人も味わえたんだ。
「今度は美味いと言ってもらえるように、頑張るよ」
「はい! 頑張りましょうね!」
美味しい料理を作れるようになって、小黒に食べてもらうのが次の目標になった。

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