61.風邪 二

「……熱いな」
隣で寝ている小香の呼吸が浅いことに気づき、額に触れたら明らかに発熱していた。昨日より上がってしまっている。これは確定だ。館長に連絡をして、今日は行けないことを伝える。しばらくして小黒が起きてきたので、外に食べに行くことにした。
「小香、具合悪いの?」
「ああ。しばらくは寝込むだろう」
「熱出ると、しんどいんだよね? 前も、しんどそうだった」
小黒は神妙な顔をした。熱が出るという感覚はわからないかもしれない。だが、辛いことは想像出来るようだった。
「早く元気になれるよう、ゆっくり休ませてやろう」
「うん! 師父、小香を頼んだからね」
小黒に重々しく頷いて、学校へ送り出す。様子を見に寝室へ行くと、小香が起きていて、端末を置くところだった。
「小黒は学校行きました?」
「ああ。ちゃんと朝食も食べさせたよ」
「ありがとうございます……。熱測ったら、上がってたので……職場に休む連絡をしました」
「それが言いよ。今日は私もそばにいるから」
ベッドに腰をかけ、小香の熱い頬に触れる。小香は驚いて目を丸くした。
「でも」
「もう館長に許可は取ってある。かなり熱が出ているだろう。病院、付き添うよ」
「う……ありがとうございます……すみません」
小香は申し訳なさそうに項垂れたが、やはり辛そうだった。
「こういうときにそばにいられず、何が夫婦だという話だ」
「それは……」
「ふふ。変に気に病まず、甘えておきなさい」
「……はい……」
小香は言い返す言葉がないのか、単に元気がないのか、素直に頷いた。
「病院に連絡しておくよ。何か食べるか?」
「ヨーグルト買ってあるので、それ食べます」
「持ってくるよ」
「歩けますよ」
「いいから、寝ていて」
起き上がろうとする小香に重ねて伝え、台所に向かう。冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、暖かいお茶をいれて寝室に戻った。
「自分で食べますから」
スプーンを持ってヨーグルトをすくおうとしたら、スプーンを取り上げられた。食べさせるのはさすがにやり過ぎだろうか。それくらい甘えてくれてもいいと思う。
小香が食べている間に病院に連絡して予約を取る。病院まで向かうタクシーも呼んだ。こういうとき、自分で運転できれば便利だと考える。今は戸籍があるから、時間さえあれば免許を取れるのだが。
出かける準備をして、しばらく待っているとタクシーが到着した。
「行けるか?」
「大丈夫です」
寒くないようしっかり着込ませて、タクシーに乗り込む。
病院で診察を受けて、薬をもらい、まっすぐに家に帰ってきた。その間にまた熱が上がった様子で、朝よりも少しぐったりしている。さっそく薬を飲ませて、暖かくしてベッドに寝かせた。熱い額に、冷却シートを貼る。
「とにかく寝ることだ。何か欲しいものはない? 買ってくるよ」
「今のところは……。あ、小黒の、夕飯は……」
「二人でどこかで食べるから心配いらないよ。君はお粥がいいかな」
「はい……そうですね……」
小香は熱のせいで潤んだ瞳で私を見上げる。
「寝るまで……そばにいてほしいです……」
「わかった」
布団に潜り込み、小香の小さな身体を抱き締める。
「ゆっくりおやすみ」
「……はい……」
私の腕の中で、小香は目を閉じ、身体の力を抜いた。移動して疲れたのだろう。すぐに寝たようだ。熱い額に口付けをして、髪を撫で付ける。いつも艶やかな髪が少しぱさついてしまっていて、弱っていることを意識する。その苦しみを肩代わりすることはできないから、今は存分に彼女に尽くそう。病に侵され、倒れてしまうか弱い存在。どれだけ必死に守ろうとしても、その小さな命は簡単に指の隙間からこぼれ落ちてしまうのではないかと不安になる。物理的な脅威なら力で抑えられもするが、目には見えない病相手では私の力など歯が立たない。このかけがえのない存在を、どうにかしてこの腕の中に留めておけないものだろうか。神に祈りたくもなる。ままならない願い。どうか君が健やかに、穏やかに過ごせるよう。
私はなんでもしてみせよう。

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