60.風邪 一

「うーん、熱っぽい……」
自分で額に手を当ててみて、やっぱり熱い気がする。ちょっと寒気もするようだ。
「風邪ひいた?」
「あやしいかも……」
雨桐に答えながら、悪化する前に片付けてしまおうと目の前の書類に集中した。なんとか仕事を終わらせて、家に帰る間も熱が上がっている予感がした。
「ただいま」
「おかえり、小香」
リビングにいる小黒に声をかけて、買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞う。体温計を引っ張り出してきて、熱を測ってみると、微熱ではあるけれど、発熱していた。
「ううん、上がらないといいなぁ……」
そう呟いてみたけれど、関節が少し痛んでいて、どうも風邪のかかり始めという雰囲気だ。
「小香、熱あるの?」
「大丈夫、ちょっとだけだから」
心配そうな小黒に笑って答えて、夕飯の支度にかかる。ご飯が炊けるころに、无限大人が帰ってきた。
「ちょうどご飯できてますよ」
「うん。……小香」
「はい?」
无限大人が私を呼ぶので、手を洗ってそちらへ行くと、无限大人は私の手を掴み、顔をじっと見つめてから、おでこに触れた。ひんやりとした手のひらの感触に目を瞑ってしまう。
「ひゃっ」
「熱があるな」
「な、なんでわかったんですか……」
「わかるよ」
无限大人は少し厳しい顔をする。
「夕飯の支度をさせてしまってすまない」
「いえ、寝込むほどじゃないからと思って。微熱ですよ」
「食欲はある?」
「はい」
无限大人はしぶしぶ手を離して、一緒に残りの支度を手伝ってくれた。小黒と三人でご飯を食べて、片付けは无限大人がしてくれた。ありがたく甘えることにして、寝室に引っ込む。
「今日は早めに寝なさい」
「そうします。明日、悪化してたら病院に行きます」
「そうだな。上がらないといいが……」
无限大人は心配を滲ませた表情で私の頭をそっと撫でた。
「あ、でも、寝室分けた方がいいですよね。もし移したら……」
「その心配は必要ないよ。そばにいさせてほしい」
无限大人は私の身体を腕の中に抱き込んで、ぎゅ、としてくれる。私も、久しぶりに体調を崩して、少し心細かったから、とてもありがたかった。
「急に寒くなったから、やられちゃったのかも……」
「今朝は冷え込んだからな。もっと部屋を暖めておくべきだった。今は寒くないか?」
「大丈夫です。あったかい」
无限大人の胸元に顔を押し付けて、両足を縮める。
「无限大人は、病気しないんですか?」
「しないよ」
「いいなぁ……」
「代わってやれたらいいんだが」
「それは……だめです。无限大人には元気でいてもらわなきゃ」
でも、一緒にいても問題ないとわかってほっとした。
「小黒もですか?」
「そうだな。人間の病にはかからないよ」
「そっか、よかった……」
学校に行くのを楽しみにしている小黒に、もし移してしまって休むことになったら可哀想だ。そうならなくて安心した。
「君は自分の心配をしていなさい」
「はい……」
「もし寝込むことになっても、他のことは気にしなくていい。私がやるから」
「ありがとうございます……。あ、ご飯は買ってくださいね。作らなくていいですから」
「…………。……わかっている」
「ふふ。お願いします」
不服そうに眉を寄せる无限大人に肩を揺らして笑う。
「頼もしいな」
「君は安心して寝ているといい」
「そうさせてもらいますね。ふふふ」
明日のことは明日考えることにして、今は无限大人の腕の中で、穏やかに眠りについた。

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