58.新婚旅行 六

温泉の近くにあったカフェでご飯を食べることにした。
「うーん、和風パスタにしようかな」
「私も同じものにしよう」
店内は人が少なく、静かだった。先にアイスコーヒーが運ばれてきた。
「短い時間で、少し急ぎ足になってしまったが……楽しめたかな」
「はい! とても楽しかったです。温泉は気持ちよかったし、芦ノ湖もきれいだったし」
「私も、楽しめたし、リラックスできたよ」
无限大人はコーヒーを一口飲んで、にこりとする。
「よかった! でもやっぱり、天気が晴れなかったのは残念だったなあ……」
青空で見る芦ノ湖はきっともっと綺麗だったろう。そう想像するけれど、无限大人は笑顔を崩さない。
「君と一緒だから、どんな天気でもかまわなかったな」
「えっ……、そ、それは関係ないでしょう。私だって、无限大人が一緒ならどこだって楽しいですけど!」
「ふふ」
无限大人が楽しそうにしてくれていたから、天気が悪くてもそこまで残念に思わずにすんだのは確かだけれど。
「君と二人で、日本に来られてよかった。なんだかこちらの空気は柔らかくて、優しい気がするよ」
「そうでしょうか……? でも確かに、大陸とは空気が違う気がしますね」
うまく言葉で表現できないけれど、同じ山でもどこかが違う。向こうはもっと雄大で、峻厳だ。
「君の雰囲気に包まれている気がして、穏やかに過ごせた」
「そう、なんですか? よくわからないですけど……ゆっくりできたならよかったです」
そのとき、パスタが運ばれてきて、さっそく食べ始める。
「ん、美味しい」
「美味いな」
食後には二人ともあんみつを頼んだ。フルーツとあんことアイスが綺麗に盛り付けられている。
「ふふ、美味しそう!」
「和風のパフェか」
无限大人も興味津々にあんみつを一口掬い、ぱくりと食べて満足そうにひとつ頷いた。
食べ終わってカフェを後にし、駅前に戻る。あとはお土産を買って帰るだけだ。
「小黒と、羅さんちと、職場と、それから……」
買う個数を数えながら、何かちょうどいいものがあるかと店先を吟味する。
「无限大人も、執行人の皆さんに買わないんですか?」
「そうだな……」
无限大人は眉間に皺を寄せて、ずらっと並んだお土産をじっと見つめた。
「おまんじゅうもいいけど、賞味期限が短いなあ」
「日持ちするものにしないとな」
「うーん、あ、小黒にはこれはどうですか?」
何件かお店を回って、必要な分のお土産を買い、いよいよ帰る時間になってしまった。
「あっという間でしたね」
「次はもう少しゆっくりしたいな」
改札を抜けて、ホームで電車を待ちながら、名残惜しく箱根の山を見る。
「ありがとうございました。旅行、来れて本当によかったです」
「日本では、君には新鮮味がなかったかもしれないが……ありがとう、ここを選んでくれて」
「いえ! へんに緊張せずに、羽を伸ばせましたから。まあ、ハワイとかも行ってみたいですけどね」
「ははは。いつか、行こうか」
「はい。いろんなところに行きたいです」
「そうだな。行こう。いろいろな場所に」
大陸だけでもすごく広くて、まだまだ行っていない場所はたくさんある。さらに、海外までとなると、本当に一生かかっても回りきれないくらいだ。でも、无限大人と、いろんなところに行きたい。いろんなものを見て、いろんなものを食べたい。これから、私たちは一緒に生きていくんだ。改めてそう、実感する。
「无限大人、大好きです」
「好きだよ、小香」
目を見つめ合って、微笑み合う。帰りの電車がホームに滑り込んできて、扉が開いた。

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