57.新婚旅行 五

ロープウェイからケーブルカーに乗り換えて、最後に登山電車で箱根湯本駅に帰ってきた。駅から少し離れたところにある日帰りの温泉に向かった。山の中にある露天風呂だ。急な斜面の階段を登る。
「滑らないように、気をつけて」
「はい」
一歩上を歩く无限大人に手をしっかりと掴んでもらって、湿った石の階段を踏みしめた。
「なかなか趣があるな」
木々の中にあるお店は年季が入っている。中に入ると、お店の人が迎えてくれた。バスタオルをレンタルして、さらに上に上がる。
「では、あとで」
「ゆっくり浸かってきてくださいね」
「君も。上がったら休憩スペースで待ち合わせよう」
途中、男湯と女湯で行き先が別れる。无限大人と離れて、階段を上がりきると、脱衣場についた。平日だからか、誰もいない。ささっと服を脱いで、濡らさないように髪を上げて早速お風呂に向かった。広い浴場には誰もいない。独り占めだ。
さっと身体を洗って、お湯の温度を確かめる。少し熱めかもしれない。そっと足をつけて、両足を入れ、ゆっくりと身体を沈めた。
「ふー、あったまる……!」
身体の奥から熱がじわりと伝わってきて、すぐに汗をかいてきた。頭上の屋根の隙間から涼しい風が入ってくる。
「はぁー」
手足を伸ばして、身体の力を抜き、お湯に身を任せる。男湯の方も、同じくらいの温度だろうか。无限大人もゆっくり一人で温まっているだろうか。女湯とは離れたところにあるようだったから、声もかけられない。端末で通話したい、なんて思ってしまった。この二日間、无限大人とずっと一緒に過ごしていた。こんなに長い間、二人きりでいるのは初めてだ。いつ振り返っても優しく見つめ返してくれて、声を掛ければ答えてくれた。その時間もあと少しで終わってしまうと思うと寂しい。以前に比べれば、同居するようになってからは无限大人がそばにいてくれる時間が長くなったとはいえ。夜はなるべく帰るようにしてくれて、ほぼ毎晩一緒に寝ている。まだ、新しい生活が始まったばかりだし、小黒も学校生活に慣れるまで時間が必要だと考えて、妊活はしていない。でも、赤ん坊と一緒に旅行をしている家族を見かけたりすると、いいな、なんて思ったりして……。
ぼんやりしてきたので、そろそろ上がることにした。考え事をしてるうちに、少し逆上せたかもしれない。服を着て、休憩スペースに向かうと、无限大人がもう上がっていた。
「ゆっくりしていたね」
「お待たせしました」
「かまわないが。少し、赤くないか?」
无限大人は私を隣に座らせて、頬に触れて、額に滲んだ汗を見ると、自販機から水を買って、蓋を開けてくれた。
「ちゃんと飲んでおきなさい」
「はい……」
次々溢れてくる汗をタオルで拭きながら、冷たい水で喉を潤した。
「いいお湯でしたね」
「うん。空気も澄んでいて、気持ちよかった」
「そろそろお腹空きました?」
「もう少し休んでから、食べに行こうか」
无限大人は私の赤くなった顔を見ながら、椅子に深く座った。熱を冷ましながら、旅行の間の出来事や、小黒のことや、館のことを話して、結婚式を振り返ったりしているうちにようやく汗が引いてきた。
「行けそう?」
「大丈夫です! 行きましょう」
荷物を持ち直して、温泉を後にした。

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