56.新婚旅行 四

箱根神社を離れて、芦ノ湖を横断する遊覧船に乗ることにした。でも、今回乗るのはただの遊覧船じゃない。海賊船だ。
「甲板出ませんか?」
天気が悪いのは百も承知で、それでもわくわくが抑えられず、无限大人を外に誘う。階段を上がると、冷たい風が吹き付けてきた。
「うわ」
髪がばさばさと煽られ、湖は霧に包まれていた。
「寒くはないか」
「だ、大丈夫です!」
それでもしばらく頑張っていたけれど、風の強さに根負けして、すごすごと船内に戻った。
「甲板から景色を楽しめたら最高だったのにな」
「今度は天気のいいときに来ないとな」
「そうですね……! あと、もう少し紅葉が進んでるときがいいですね」
現金なもので、次の話をしてもらえて楽しみになってしまった。きっとまた来よう。
「そのときには、二人ではないかもしれないな」
「今度は小黒も来てくれるかも!」
「それもあるが……」
无限大人は私の顔を見て、ただ笑みを浮かべて、その続きは言わなかった。長いクルーズが終わり、船が目的地に到着した。そこでロープウェイに乗り換えて、さらに上に登る。
ロープウェイでは、赤ん坊を連れた夫婦と同席することになった。赤ん坊は外の景色を見て喜んでいるかと思えば、急にぐずりだし、奥さんにあやしてもらったりと落ち着かない様子だった。夫婦はそんな赤ん坊の機嫌の変わりように慌てず、笑いながら対処している。旦那さんが赤ん坊を抱っこしているのを、奥さんが写真を撮っていたり、反対に奥さんと赤ん坊を旦那さんが撮影したりしていた。
「晴れていれば、あちらに富士山が見えただろうね」
无限大人に窓の向こうを示されて、外に目を向ける。芦ノ湖の周りはすっぽりと真っ白な雲に覆われて、外界から切り離されてしまっているようだった。
「富士山、无限大人に見て欲しかったな……。綺麗な山ですから」
「またチャンスはあるよ」
无限大人はあまり気にしていない様子で、外の景色を眺めている。せっかく来たのだから、一番の景色を見たいと思うのは当然だけれど、天気ばかりはどうにもならない。でも、无限大人があまり残念がらず、心から楽しんでいる様子を見ていると、あまり気にならなくなってくる。
「煙だ」
「あっ、ほんとだ」
无限大人の指さす方を見ると、剥き出しの岩肌から白煙が上がっていた。大涌谷が見えてきた。ここは今も火山活動が続いていて、あちこちから噴煙が立ち上っている。この火山が、あの温泉を湧かせているんだ。ロープウェイの中でも、少し硫黄の匂いが混じり始めた。ロープウェイを降りて、駅を出るとすぐそこに噴煙が吹き出す岩肌が広がっていた。すごい迫力だ。
「なんだか、地球って生きてるんだなって……感じられます……」
目の前の光景に圧倒されている私に、无限大人は微笑んだ。
「昔は地獄谷と呼ばれたそうだね。ここで湧いた温泉をあちこちに引いているのか」
无限大人は人がした事業の方に関心していた。岩肌は人の手で整えられていて、自然のままの姿ではない。火山のエネルギーすらも利用している人間の文明に、改めて感服する。
「あ、黒たまご売ってますよ!」
その温泉で作ったゆでたまごがここの名物だ。黒たまごのオブジェで写真を撮って、5個入りの黒たまごを買った。殻は真っ黒だけれど、剥いてみると中身は白いままだった。大涌谷を後にして、ロープウェイにまた乗って山を降り始めた。

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