55.新婚旅行 三

うっすらと目を開けると、无限大人の横顔が目に入った。まだ寝ている。珍しい。だいたいいつも早朝に起きて身体を動かしている。でも今日は、二度寝することにしたのかもしれない。穏やかな寝息を立てて眠る横顔をじっと見つめる。動いたら起こしてしまいそうで、胸板に頬を押し付けた格好のまま、ゆるく力の抜けた寝顔を眺めていた。少し幼く見えて、かわいい。呼吸に合わせて、胸がゆっくりと上下するのに合わせて、そこに乗せている私の頭も上下する。耳をすませていると、鼓動の音も微かに聞こえる気がした。
そのとき、端末のアラームが鳴った。普段セットしたときのまま、止めるのを忘れていた。
「ん……」
その音に、无限大人が起きてしまった。サイドテーブルに手を伸ばして、アラームを止める。
「すみません。起こしちゃった」
「いや。いいよ」
无限大人は私の方に緩慢な動作で腕を伸ばしてくる。顔を近づけると首の後ろに腕が回され、額に口付けをされた。
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶を交わして、微笑み合う。
「よく眠れた?」
「はい。ぐっすり。无限大人も、よく寝てましたね」
「うん。身体が軽い気がするよ」
「あは。そうかも」
温泉効果だったりするんだろうか。ベッドから降りて、それぞれ身支度をする。そろそろ朝食の時間だった。
朝食をすませて、部屋に戻り少し休んでから、出掛ける支度をする。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫です」
最後にもう一度部屋を確認して、チェックアウトした。
今日も曇りだったけれど、雨は降っておらず、寒すぎるということもなかった。
「箱根神社、行きましょうか」
今日のルートを確認しながら歩き出す。まずは芦ノ湖の畔にある箱根神社にお参りだ。芦ノ湖を包む霧は、昨日ほどひどくはなさそうだった。箱根神社の入口にある大きな鳥居を一礼して潜り、手水舎で手と口を清める。参拝道へ行き、階段を登る。大きな樹に囲まれた薄暗い階段を登りきると、開けた場所に出た。大きな狛犬の石像が二つ左右に置かれた門の向こうに御本殿があった。お賽銭を用意して、御神前に進み、二拝二拍手一拝する。今、こうしていられることを神様に感謝し、家族や友達、お世話になった人たちへも感謝する。それから、今後幸せな家庭を築いていけるよう祈り、そのために努めるとこを誓った。
顔を上げると、无限大人はまだ目を閉じて真剣な表情で祈っていた。しばらくして顔を上げると、私の方を振り返って微笑んだ。
「長くお願いしていましたね」
「いざ祈ろうと思うと、いろいろと浮かんできてね」
「私も、しっかりお祈りしてきました」
神社の雰囲気は厳かで、本当に神様に願いが届きそうな気がした。
参拝道を降りると、畔の方へ続く階段がさらに下へと続いていた。
「少し濡れているから、滑らないよう気をつけて」
「はい」
无限大人に手を握ってもらって、ゆっくりと階段を降りていく。湖の畔には、平和の鳥居と呼ばれる水面に建てられた鳥居があり、フォトスポットになっていた。たくさんの人が並んでいる列に私達も加わる。少し風が強くなって、霧がまた出てきた。ようやく私達の番になり、前に並んでいた人にお願いしてツーショット写真を撮ってもらった。
「うーん、暗いですね」
「風も強いしな。仕方ないよ」
曇っていて逆光になってしまい、あまりいい写真とはいえないけれど、ここを訪れたという記録と思えば悪くない。神社を後にして、移動した。

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