54.新婚旅行 二

 无限大人と別れて、女湯に入る。私の他には一人しかいなかった。浴場には内側と外側に湯船があって、外側の露天風呂に入っている人がいた。身体を流してから内側のお風呂に入ってみようとすると、熱くて入るのが難しかった。勝手に温度調節もできないのでこちらは諦めて、外に出る。
「こんばんは」
「あら、こんばんは」
 中年の女性に挨拶をして、湯船に入る。こちらは少しぬるかった。
「中のお湯、すごく熱くありません?」
「熱かったです! びっくりしました」
 やっぱりそうよね、と女性は困ったように言う。
「あれじゃ入れないわよねえ。あとで温度調節してくれるように言わないとと思って」
 そんな話題をきっかけに、軽く会話をした。まだ紅葉には早い時期だけれど、紅葉の葉が湯船に浮かんでいた。外は暗くなってきている。晴れていれば、きっと星がきれいに見えただろう。
「こちらには誰といらっしゃったの?」
「あの……旦那様と」
 照れながらもなんとか答える。いつになったら照れずに言えるようになるだろう。
「一ヶ月前に結婚式をしたんです」
「あら、じゃあハネムーンね。いいわねえ」
「えへへ……」
 改めて人から言われると嬉しくてにやけてしまう。ハネムーンという言葉の響きはとても甘美だ。
「私も主人と来てるのよ。久しぶりの二人での旅行なんだけど、結構楽しいわ」
「いいですね」
 私も、そんなふうにいくつになっても无限大人と仲睦まじく、旅行なんか行けたらいいなと思う。女性は先に上がると言うので、お別れを言い、一人になるとゆっくり足を伸ばしてお湯に浸った。木の板の仕切りの向こうが男湯だ。无限大人が入っているはず。会話は聞こえてこない。无限大人も一人で入っているのだろうか。声をかけてみたくなったけれど、誰かいたら迷惑かなと考えてやめておいた。満足するまで浸かって、上がることにした。
 部屋に戻ると、先に无限大人が戻っていた。
「いいお湯でしたね」
「ああ。私以外誰もいなかったよ」
「本当ですか? こっちは他に一人いて、ちょっとお話しました」
 ベッドのふちに座っている无限大人に向かい合うように、もう一つのベッドに座る。
「中にあるお湯が熱すぎて入れなくて、露天風呂だけ入ってきました。そっちはちょっとぬるかったです」
「そうなのか。では逆だな」
「逆?」
「こちらは中がぬるくて、外が熱かったよ」
「へえ、どうしてですかね。じゃあ、露天風呂入れなかったんですね」
「うん。外は寒くなかった?」
「気持ちよかったですよ」
 やっぱり、温泉といえば露天風呂が醍醐味だ。外の景色を眺めながら入るお風呂は格別だった。
 話しているうちに夕飯の時間になったので食べに行く。ビュッフェ形式の夕飯を堪能して、部屋に戻るころには眠気を感じた。
「はー、いっぱい食べた」
 食べ終わったばかりで横になるのはよくないけれど、今日はいいことにして、ベッドにぽふんと寝転がる。ふかふかで気持ちいい。无限大人は同じベッドに上がってきて、私の隣に横になった。
「刺し身が美味かったな」
「松茸ご飯も美味しかったです」
 无限大人が腕を伸ばして来るので頭を乗せ、身体に腕を巻きつける。そのまま他愛ない話をしながらごろごろした。お腹も落ち着いてきたころ、无限大人が口を開いた。
「そろそろ、備え付けの風呂にも入ろうか」
「そうですね」
 无限大人は一拍置いて、私を見つめながら付け加える。
「一緒に」
「……はい……」
 赤くなりながら、小さな声で頷いた。
 无限大人は私の返事を聞いて、笑みを深めた。宿を選ぶとき、部屋に露天風呂が付いているところがいいと二人の意見が一致して、ここを選んだ。そのときに、たぶんそうなるだろう、とは予感していた。ただ一緒に入るだけだけれど、やっぱりちょっとどきどきしてしまう。旅先という、いつもと違うシチュエーションで、小黒もいなくて、二人きりなんだと意識してしまう。无限大人も、心なしかいつもよりよく笑ってくれている気がする。この旅で、たくさん思い出を作ろう。めいっぱい、楽しもう。そう決めて、先に入った无限大人のあとを追いかけた。

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