53.新婚旅行 一

飛行機に乗って、海を越え、久しぶりに日本に戻ってきた。
「やっぱり曇ってますね」
天気予報は雨だった。一週間前から予報は変わらず、当日なんとか晴れてくれないかと思っていたけれど、祈りは届かなかった。
「だが、雨はいまのところ降っていないよ」
「まだよかったです」
空港から出てお昼ご飯を食べてから、電車に乗り、さらに移動する。
あれから、いろいろなところを調べて見比べ、いくつかの候補にまで絞り込んだけれど、最終的に无限大人が日本に行きたいと言ってくれたことと、せっかくの休みだからゆっくり休んで欲しいと思って、箱根に決まった。
箱根に行くのは私も初めてだ。限られた時間で楽しめるように、しっかり下調べをして、どこへ行くかプランを練ってきた。何ヶ所か温泉を巡る予定だ。今日は宿へ直行するので、本番は明日からだ。
箱根湯本駅に着いて、芦ノ湖に向かう。宿は芦ノ湖の近くに取った。箱根山をバスで登り、上を目指す。ぐねぐねとした道を結構なスピードで登るバスは大きく揺れる。
「大丈夫か?」
「結構揺れますね……!」
酔いそうになったけれど何とか耐えて、霞がかった頂上を見上げる。
「バスだとあっという間にこんな高くまで登れるんですね」
歩いて登ったらどれだけ時間がかかるだろうと考えてぞっとした。文明は便利だ。そのために、山は切り開かれているけれど……。
四十分ほどでバスは目的地に着いた。そこから二十分ほど歩いて宿に向かう。
「芦ノ湖、霧が立ち込めてますね」
曇っていて風も強い。少し寒いくらいだった。天気予報を見てどの上着がいいか迷ったけれど、ちょうどいいものを選べたようだ。
「でも、これはこれで雰囲気があるかも」
晴れていれば富士山が見えるくらい見晴らしがいいそうだけれど、霧に包まれた湖も神秘的で悪くなかった。
「あそこに猫がいるよ」
「え! ほんとだ!」
道の端にぽつんと、丸まって座る野良猫がいた。人に慣れているようで、声をかけながら近づくと小さく鳴いて、身体をこすりつけてきた。
「ふふ、かわいい」
ふわふわの毛皮を撫でて、癒しをもらってから立ち上がり、道を進む。山の中だから当然、斜面だ。
「荷物を持とう」
大丈夫です、と答える前に无限大人は大きい方のバッグを持ってくれた。
「ありがとうございます」
无限大人はまるで重さを感じていない様子で歩いていく。私は景色を眺めながら、その後を追いかけた。宿まであとこの道を進めば着く、というところに差し掛かって、一息つく。
「疲れた?」
「いえ、平気です」
そう答えたけれど、无限大人は近づいてくると私の身体を抱き上げた。
「え、わっ」
そしてそのまま飛び上がる。
「ここなら、見る人もいないだろう」
「そう、ですけどっ……!」
慌てて无限大人の首にしがみつく。車も通らず、人影もなく、建物もない道だから、見られる心配はなさそうだけれど。无限大人は私を抱えて軽々と斜面を飛び越え、曲がり角で降りた。そこを曲がると車道に出て、宿があった。
「ここですね!」
さっそく中に入り、チェックインを済ませて部屋に入る。
「わあ、きれい!」
建てられて数年の建物は、ちょっとしたホテルだ。旅館のようなところも検討したけれど、今回はここにした。
「温泉ついてますよ!」
荷物を置いてすぐに設備をチェックする。
「でも、扉がガラスだ……」
温泉と部屋を区切る扉は透明だった。なぜ……。それとは別にちゃんとお風呂もあり、そちらは曇りガラスだった。
「夕飯まで時間があるな。大浴場に行くか?」
「そうしましょう」
簡単に支度を済ませて、さっそく无限大人と大浴場に向かった。

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