51.学校にて

「小白!」
小白のクラスに向かう途中、小白が向こうから歩いてきたので手を上げた。小白はぼくの姿を見た途端、ぱっと笑顔になって駆け寄ってきた。
「小黒ー! えへへ、私もそっち行こうとしてたの!」
ぼくたちは違うクラスだから、休み時間になるとお互いのクラスを行き来していた。ときにはぼくが彼女のところに行き、ときには彼女がぼくのところに来て、たまに二人して教室を出るタイミングが重なると、こんなふうに廊下で出会うこともあった。
「見て、テストで二十六点取れたんだ!」
小白に早く見せたくて、テスト用紙を前に差し出そうとしたとき、勢い余って手から滑り落ちてしまった。
「あっ」
ひらりと舞った紙は、隣を歩いていた男子の足元に落ちた。
「二十六点?」
「うわ、まじだ」
一人がテスト用紙を見ると、隣の男子もそれを覗き込んだ。
「うっそだろ、こんな字も書けないのか?」
「六歳でもう書けるだろ? やばいな」
二人はぼくの答案を見て馬鹿にして笑った。用紙を返してもらおうと口を開きかけたとき、小白が二人の前に立ちはだかった。
「小黒のテスト用紙、返して!」
「あ?」
「なんだよ」
小白はきっと二人を睨みつける。
「小黒がどんなに努力して勉強してるかも知らないで、馬鹿にしないで!」
「は? 知らねーよ」
「はいはい、返せばいいんだろ」
小白の怒りに少し気圧されながら、男子がテスト用紙から手を話す。床に落ちる前に、ぱし、としっかり掴み取った。そのまま去っていく男子の後ろ姿を、小白は悔しそうに睨み続けていた。
「なにあれ! 最低!」
べー、と小白は二人の背中に舌を出す。そしてこちらを心配そうに振り返った目には悔し涙が浮かんでいて、申し訳なくなった。
「いいんだ、小白。ぼくは気にしてないから」
「だって、小黒はこんなに頑張ってるのに! ひどいよ!
笑うなんて!」
小白はぷんぷんしているけれど、本当にぼくは何も感じていなかった。
「いままでちゃんと勉強してなかったのは事実だから。師父が色々教えてくれようとしてくれてたのに、ぼくには必要ないものだと思ったから、全然身につかなかった」
もっと早くに字の勉強をしていたら、もう少し苦労せずにすんだかもしれないと思う。
「でも、小白と出会って、一緒に学校に行きたいと思うようになって、ようやく勉強って楽しいんだって思えたんだ。ほら、小白に教えてもらったところ、ちゃんと答えられたんだよ」
ぼくは答案のひとつを小白に見せる。同じクラスの子供たちは、ぼくよりもっと早くから勉強を始めていた。だから、ぼくが皆に追いつくのに時間がかかるのは当然だ。早く追いつきたい、ともちろん思うけど、こうしてひとつひとつ覚えて、自分の身についていることを知るのはとても嬉しいことなんだと気づけた。だから全然苦じゃない。
「すごいね、小黒!」
小白もにっこり笑って褒めてくれた。やっぱり小白は怒ってるよりも、笑ってる方がずっといい。
「でも、ありがとう。ぼくの代わりに怒ってくれて。嬉しかった」
「当たり前でしょ! へへへ!」
小白は頬を赤くしてそう言ってくれる。小白はぼくの最高の友達だ。怪我をしていたぼくを拾ってくれて、ぼくが帰りたいことに気づいたら、安全な場所へ連れて行ってくれた。そして、ぼくが妖精だと知っても受け入れてくれて、ぼくの友達になってくれた。大切で、かけがえのない人だ。彼女が見ているものを、ぼくも見たい。だからもっと、勉強する。
師父と出会って、居場所を見つけて、小香が寄り添ってくれて、でも二人はいつか離れてしまうんじゃないかと不安だった。ぼくは置いていかれるんじゃないかって考えが拭えなかった。だからそうならないように、執行人になって、役に立てることを示さなくちゃと思った。でも、小白に出会えて、急いで執行人にならなくちゃっていう焦りが不思議と消えた。師父も小香も、ぼくのそばに居てくれるんだとようやくわかった。一緒に暮らす家ができて、学校に通うようになって、小香が世話を焼いてくれて、師父がちゃんと家に帰ってきてくれて、これが家族なんだって、実感できた。勉強は大変だけど、人間の社会での生活も悪くない。館でひとりぼっちで師父の帰りを待っていた寂しい時間はもう過去になった。小白はぼくがどれほどその笑顔に救われているか知らないだろう。でも、知らなくていい。何も知らなくたって、小白は最高の笑顔をぼくに向けてくれる。だからぼくは、頑張れるんだ。小香に出会った師父も、そんな気持ちだったんだろうか。
「じゃあね小黒、また帰りにね!」
「うん、あとでね」
短い休憩時間はもう終わり、ぼくたちはそれぞれの教室に帰っていく。授業が終わって、一緒に家に帰るときが、待ち遠しかった。

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