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「蟹を買ってきたよ」 「蟹、ですか?」 帰ってきた无限大人は、水の入ったビニール袋を見せてきた。水がちゃぷちゃぷ鳴り、袋ががさがさと揺れている。 「活きのいいのが売っていたから、酔蟹を作りたくなって」 「酔蟹?」 「食べたことないか? 美味いよ」 「調べてみます」 さっそくレシピを検索する。どうやらお酒に蟹を漬けた料理らしい。 「1週間も漬けるんですね」 「それが美味くなるんだ」 調味料も買ってきた、と无限大人はテーブルの上に並べてみせる。作る気満々だ。漬けるだけなら、分量さえ間違えなければ无限大人でも大丈夫そう。 「蟹、生きたまま漬けるんですね……」 袋の中で元気に暴れ回っている音を聞いて、ごくりと喉を鳴らす。 「縛って、洗って、漬ける……と」 「私がやるから大丈夫だ」 「はい……」 緊張した私の顔を見て、安心させるように无限大人は言う。そのとき、袋の端が破けて、水が零れた。 「あっ」 破ったのは蟹の鋏だ。1匹がぼてっと床に落ちる。残りの蟹が落ちないように无限大人は穴を塞ぐようにビニール袋を持ち替えた。 「小香、入れ物を」 「はい!」 慌てて大きめのボウルを取り出し、残りの蟹を入れ替える。その間に、逃げた蟹が床を素早く移動して、壁の方まで逃げていた。 「捕まえなきゃ……!」 「任せて」 无限大人は桶を手に取ると、じりじりと壁の蟹へ近づく。蟹は鋏をゆらゆらさせて、近づいてくる无限大人に気づいているのかいないのか、その場にじっとしている。 「気をつけてくださいね」 はらはらしながら、无限大人が蟹に近づいていくのを見守る。蟹はまだ動かない。このままいけば、すぐ捕まえられそう。 「はっ!」 无限大人が目にも止まらない速さで桶を床に叩きつけた。蟹は即座に反応して、さっと左へ避けた。 「…………」 无限大人と蟹はしばし見つめ合う。无限大人はそっと桶を持ち上げて、蟹に向き直った。 「素早いな……」 「頑張ってください……!」 手をぎゅっと握って、无限大人を応援する。无限大人は桶を構え直し、蟹と対峙した。蟹はまた鋏をゆらゆらとさせて、まるで挑発しているみたいだ。お前に俺は捕えられぬ、と。この蟹、侮れない。 无限大人はつ、と右足のつま先を僅かに前に出す。蟹が警戒する前に、一気に距離を詰めて桶を振り被った。今度こそ捕まえたと思ったのに、蟹は信じられない速さで桶をすり抜け、私の方へ走ってくる。 「えっ、ええっ、わわっ」 迫ってくる蟹から逃げようとして、踏み潰してしまいそうになって慌てて、足が絡まった。 「きゃっ!」 そのままバランスを崩して倒れる、と思ったところをがっしりとした腕に受け止められた。 「大丈夫?」 「すみません……」 无限大人は私がちゃんと立ったのを確認すると、蟹の行方を目で追う。蟹は僅かな隙間を見つけて、冷蔵庫の裏へ回り込んでしまった。 「どうしましょう、あんなところに入っちゃって」 「逃がしはしない」 无限大人が手をかざすと、冷蔵庫が数センチ浮き上がり、前へぐんと移動した。冷蔵庫に含まれる金属を操って移動させたんだ。隠れられたと安心していた蟹の姿が丸見えになる。 「これで終わりだ」 フォークがすっと飛び上がり、形を変えて桶を持ち上げ、慌てて逃げようとした蟹の行く手を塞ぎ、立ち往生した蟹の上にぽんっと覆いかぶさった。中で蟹の暴れる音が聞こえるけれど、金属でしっかりと押さえ付けられた桶はびくともしない。 「やった! 捕まえましたね」 「ふ……なかなかのやつだったな」 无限大人は器用に蟹を入れたまま桶をひっくり返し、ボウルの中に投げ込んだ。フォークは元の形に戻り、片付けられる。 それから冷蔵庫が軽々と動き、すっぽりと元の場所に収まった。 「これでよし」 「わあ、掃除する時便利ですね」 「ん?」 冷蔵庫の隙間には何かと物が落ちやすい。これなら簡単に掃除できる、と嬉しくなる私に无限大人は首を傾げた。 蟹たちはもう逃げる機会はなく、无限大人にしっかりと縛り付けられ、ごしごし洗われ、調味料に漬け込まれた。あとは時間を置くだけだ。 「出来上がりが楽しみですね」 調味料は私がレシピ通りに計って漬けたけれど、どんな味になるか想像がつかない。无限大人の様子を見ると、とても美味しそうで期待してしまう。 「ずいぶん威勢のいい蟹だったからな。いい身が詰まっていそうだ」 いい勝負をした蟹に一目置くような口調で言うので、なんだか面白かった。无限大人対、蟹の戦い。いいものを見られたかも。 「楽しそうだね」 「面白かったです。无限大人が真剣で」 最初は桶だけで捕まえるつもりだったのに、予想以上の蟹の動きに、金属を使わざるを得なかった。敵ながらあっぱれだ。 「美味い酔蟹になってもらわないと困るからな」 当然だと済まして言う无限大人がやっぱり面白くて、ふふふと笑ってしまった。 「美味しくなってもらいましょう」 一週間後、蓋を開けるときが待ち遠しかった。 ← | → |