44.結婚式 四

 さらに挨拶をして回って、終わりが見えてきたころ、スタッフさんに私だけ声を掛けられた。
「最後のお色直しです」
「え? でも、予定には……」
 无限大人の顔を見ると、无限大人も知らないようで、首をちょっと傾げた。今回お願いしたのはドレスと漢服それぞれ一着だけのはず。
「お母さまがお待ちですよ」
「母が?」
 家族の座る卓を見たら、確かに母の姿がなかった。不思議に思いながら无限大人と別れ、一度会場を出て化粧室に入る。そこでは母が待っていた。
「おばあちゃんがね、引き振袖姿をぜひ見たいって言うから持ってきたの」
「わあ……」
 そう言って見せてくれたのは、黒に鶴の描かれた引き振袖だった。
「さ、着替えちゃいましょう」
 お母さんはスタッフさんと二人がかりでてきぱきと漢服を脱がせ、着物を着せていく。最後に髪型も合わせてもらって、またすっかり雰囲気が変わった。
「まあ、とっても綺麗よ」
「わざわざありがとう、お母さん」
「皆さんをお待たせしているから、行きましょうか」
 スタッフさんに連れられて、会場に戻る。参列者の視線が一斉に向けられて、どきりとした。さっきまでは无限大人も一緒だったからあまり気にならなかったのに。
「お待たせしました」
 无限大人の傍にそっと寄って、声を掛ける。无限大人はちょっと口を開けて、目を丸くして、じっと私を見つめていた。
「祖母と母が、用意してくれて……」
「……そうだったのか」
 浴衣姿は見せたことがあるけれど、着物だとまた違うだろうか。どう見えるだろう、とどきどきしながらその視線を受け止める。
「もうこれ以上ないくらいに美しいと思っていたのに、さらに……」
 无限大人は小さな声で何かを言い、口ごもる。早口だったのでよく聞こえなかった。
「いつまで花嫁を独占してるんだ。早くお披露目しな」
 ナタ様が揶揄したのを皮切りに、何人かがそうだそうだと同調する。无限大人はそんな彼らの方に顔を向けて、何か言おうとしてやめて、また私の方を向いた。
「言葉もないくらいだ。小香。私は天女を花嫁にもらったのかもしれない」
「そ、それは言いすぎです……!」
 あまりにらしくない歯の浮くような台詞に、嬉しさよりも照れが先に来る。
「私はただの……普通の人間ですよ」
 无限大人が誰よりも大好きなだけの、平凡な女だ。无限大人は私の手を取り、挨拶回りの続きに向かう。ナタ様のいる卓に集まる妖精は、私から見ても位の高そうな方たちが集まっていて緊張してしまった。
「すっかり人間みてえなことしてるな」
 ナタ様は面白そうに无限大人の顔を見て、からかう。
「一緒にいるという誓いをわざわざ立てて、ご大層な儀式をするというのも、ずいぶん大仰なものだ」
 体格のいい老人の姿の妖精が、お酒を飲みながら気怠そうに言う。「しかし、実際に来てみれば、なかなかよいものを見られた」
 ひょろりとした妖精が、おどけた声で続けた。
「何より、こうも幸せそうな顔を見せられては祝いくらいせんといかん気分になるな」
 岩のような肌をした妖精が杯にお酒を注ぎ、私と无限大人に持たせた。
「二人の未来に、乾杯!」
「乾杯!」
 軽く杯を合わせ、お酒を飲み干す。度数が高くて、咽喉が焼けて咳き込んでしまった。
「大丈夫か」
 すかさず无限大人が背を撫でてくれる。妖精の一人がお茶の入ったコップを渡してくれたので、飲んで落ち着こうとした。アルコールで身体がかっと熱くなる。
「ははは、ちょいと強すぎたかな」
「持参した酒か? 確認するべきだった……」
「お前らしくもない。浮かれているな」
 妖精たちは苦い顔をした无限大人を見て笑い声をあげる。无限大人が気安く接している様子が珍しくて、そんな姿を見られるのがなんだか嬉しかった。
「失礼しました、咳き込んで。もう大丈夫です。お祝い、ありがとうございました」
 感謝を込めて、丁寧に頭を下げる。妖精たちは笑ってまたおめでとうと言ってくれた。その横で、无限大人は仕方ないやつらだとばかりに溜息を吐く。
「君もよくこの男を選んだものだ。苦労するぞ」
「どんな苦労も、きっと苦労と感じませんから」
 冗談めかしてそう言われて、私は无限大人の顔を見つめ、笑みを浮かべて心からそう言った。この人と一緒にいれば、どんなに辛いことでも、きっと乗り越えて行けるという確信がある。
「ほう、弱弱しそうに見えて、なかなか言うのう」
 妖精たちに感心したような視線を向けられて、そんなに頼りなく見えていたかなと思う。无限大人は私の手を握り、微笑み返してくれた。
「苦労はさせないよ。私が守るから」
 またおおう、と感嘆したような声が漏れて、恥ずかしくなってしまう。
「ああもう、わかったわかった、惚気は十分だ!」
 体格のいい妖精が大きく手を振って、もう行けと仕草で伝える。
「相当いかれてんなコイツ。ウケる」
 ナタ様もにやりと笑いながらお酒を呷った。半ば追い出されるようにして、私たちは次の卓へ向かった。

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