43.結婚式 三

 和やかな空気になった会場は、たちまち歓談する賑やかな声に包まれた。私と无限大人は、参列者たちの元へ行き、挨拶をして周る。人の姿だけではなく、様々な姿をした妖精たちが集まってくれていた。
「无限大人! おめでとうございます!」
「きれいな奥さんですね!」
「二人とも幸せそうで……!」
 口々にお祝いの言葉をくれるので、无限大人とお礼を伝える。
「しかし、急に身を固めるなんて驚いたな。彼女との出会いはよほどのことだったと見える」
 恰幅のいい妖精が、面白そうにそう言う。无限大人は、ずっと女性とは無縁だったのだろうか。无限大人はその言葉を受けて微笑み、私の腰を抱き寄せた。
「彼女との出会いは、奇跡だ」
「……っ!」
 落ち着いたトーンでとんでもないことを言うので、私だけでなく妖精たちも目を丸くしていた。全身がかっと熱くなって、どうすればいいかわからなくなる。
「はっはっは! これはいい。それでこそ祝い甲斐がある。限られた時間を大事にするといい」
「ああ。感謝する」
「ありがとうございます」
 妖精たちから見れば、人の一生は短いものだ。私はその人生を、この人に捧げられることを、心から幸せに思う。
 挨拶が済み、食事に満足した人から、退場していく。こちらでは、最後まで参加する必要はなく、途中で帰ることが当たり前なのだそうだ。皆さん、忙しい中に遠方からわざわざ参加してくださって、本当にありがたいことだった。半分ほど周ったところで、お色直しすることになった。一度会場を出て、漢服に着替え、また会場の前で着替えた无限大人と顔を合わせた。赤に金の刺繍をした漢服を着た无限大人は輝くばかりに美しくて、私は言葉を失ってしまう。その无限大人は、ただ私だけをその瞳に映して、微笑んでくれている。
「ああ、その衣装もとても似合うな。本当に綺麗だ」
「无限大人こそ……。すごく綺麗です。見惚れちゃいます……」
 そのままお互い見つめ合って動けなくなってしまったので、傍にいたスタッフさんが笑い含みに私たちを促した。
「お二人だけで独占せず、皆さんにも披露してください」
「それは、気が進まないな……」
「もう。行きましょう、大人」
 无限大人が眉を寄せるので、笑いながらその手を引く。会場に戻ると、衣装を変えた私たちに皆が拍手をしてくれた。二人で笑顔で応えて、また挨拶巡りを再開する。
「小香! 无限大人!」
 龍遊の館の住人たちが座る卓に呼ばれて、そちらへ向かう。深緑さんに明俊さん、紫羅蘭ちゃんに洛竹くん、朝陽さんもいた。
「おめでとうございます、二人とも!」
「こうしてみると、改めて、お似合いって感じですね」
「无限大人、とっても素敵です……!」
 皆口々にお祝いを伝えてくれて、とても胸が温かくなった。
「みんな、今日はありがとうございます。こうして来てくれて……とても嬉しいです」
「お二人の晴れ姿ですからね、それに、常々結婚式というものを見てみたいと思っていたんです!」
 明俊さんが手を叩いてそう言う。式自体を楽しんでくれているみたい。
「小香、とても綺麗よ……。いままでで一番、幸せそうだわ」
 深緑さんも、お酒を片手に微笑を浮かべて祝福してくれた。
「お酒、飲むんですね」
「ええ……。勧められて……。飲んでみたら、意外と美味しくて……」
「深緑さん、強いんですよ」
 紫羅蘭ちゃんが笑いながら教えてくれた。
「无限、俺からも言わせてくれ。おめでとう」
 洛竹くんが改まった顔で、无限大人に伝えた。
「ありがとう、洛竹」
 无限大人も、それを表情を引き締めて受け止める。言い終わると、洛竹くんはいつものように頬を緩めて、眉を下げた。
「すごいいい式だな。二人ともすごく幸せそうだ。小黒、いい家族を持ったなって、心から思うよ」
「洛竹くん……」
 洛竹くんは本当に、優しい笑顔でそう言ってくれた。小黒のことを思って、じわりと涙が滲んでくる。
「今、小学校行ってるんだろ? 人間の社会で生活するのも悪くないって、知ってくれれば嬉しいな」
「楽しく通っているよ」
 洛竹くんは紫羅蘭ちゃんのやっている花屋さんで働いている。毎日、人間を相手に商売をしている。小黒が楽しく過ごしていると聞いて、ほっとした笑顔を浮かべた。ふいに、隣に座っていた紫羅蘭ちゃんが洛竹くんのほっぺをつねった。
「ふにっ?」
「洛竹! お祝いの席なんだからしんみりするのはなしだよ!」
「あ、ごめん……」
「ううん、気にしないで」
「小香、たいへんだったのね。馴れ初めの話聞いて、びっくりしちゃった」
「あ……それは」
 紫羅蘭ちゃんが面白そうに話を振るので、みんなの視線が无限大人に向けられてしまった。无限大人はまた汗を掻いて、口を真一文字に結んでいる。
「无限大人は、私のことを考えてくれていたから……だから、日本に帰るように言ってくれて……思いやりだったの」
 私は慌てて无限大人をフォローするけれど、无限大人がいや、と言うので思わずその顔を見つめた。
「私は、逃げたんだ。君をここに引き留めて、家族から引き離し、故郷から遠ざけて、それでも傍にいてほしいと伝えるだけの覚悟がなかった。傷つけて、すまない」
「无限大人……そんなこと……」
 无限大人は私の否定しようとする言葉をその視線で止めて、翡翠の目をまっすぐに私に向けた。
「だが、改めて今日、君のご両親に君を幸せにすることを誓い、君をもらい受けた。これからはずっと、私の傍にいてほしい」
「……っ!」
 无限大人の声が聞こえる範囲にいた妖精たちが、どよどよとざわめいた。それから一拍置いて、祝福の歓声が上がる。私はもう何度目かわからない涙を零して、感極まって何も言えなくなってしまう。
「いいなあ、小香! おめでとう!」
 紫羅蘭ちゃんももらい泣きして、目元を拭いながら腕をさすってくれる。返事をしなくちゃ、となんとか嗚咽を飲み込んで、无限大人を見つめ返した。
「はい……っ。ずっと、傍にいさせてください……!」
 また歓声が上がって、恥ずかしくなって顔を手で隠す。无限大人の腕が肩に回され、優しく引き寄せられた。お色直しのときに化粧を直してもらったのに、これじゃまたぐちゃぐちゃになっちゃう。でも、温かくてさらさらとした涙は、全然止まってくれなかった。

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