42.結婚式 二

「新郎新婦のご入場です!」
 司会の声と共に、開かれた扉から、ゆっくりと会場に入る。古風な会場は、赤を中心とした飾りつけがされて、たくさん並べられた円い卓に満席になるほど人が集まっていた。舞台の近くには家族がまとまって座っていて、その中には小黒もいた。ジャケットに半パン、白いソックスでおめかししていてかわいらしい。反対側には館の見知った顔がいる。雨桐もいた。他のところに座っているのはほとんど妖精で、无限大人の招待客のようだった。
 たくさんの人の前をゆっくりと歩いて、中央に立つ。いざ本番になると、不思議と落ち着いていた。隣に无限大人がいてくれているのもあるし、慌てても仕方がないと覚悟が決まったのもある。私たちのために集まってくれた人たちに対して、きちんと振る舞わなければ。その気持ちが、背筋を伸ばしてくれた。
「それでは、新郎新婦による、交杯酒です」
 スタッフさんが、お酒の入った杯を運んでくる。无限大人とひとつずつ持ち、腕を交差させて、半分飲む。そのあと、杯を交換して、飲み干した。
「夫婦の固めの杯でございます。続きましては、新郎のご友人より参列者の皆さまへご挨拶をお願いいたします」
 潘靖館長がすと立ち上がり、マイクを持って、参列者へ向かって一礼した。
「无限大人の友人代表として、本日はこの場に立っております。彼とはもう、四百年の付き合いとなります。皆さまもご存じの通り、彼は人間でありながら、修行を続け、妖精をも越える力を得て、その力を妖精と人間社会の平定のために振るっておりました。この中には、彼に救われたものも多くいるかと思います。彼は、自身のことは二の次に、誰かのためにとその身を捧げて参りました。しかし、そんな彼を、誰が支えるのでしょうか。彼が疲れ、休息を求めるとき、いったい誰が、傍に寄り添うことができるでしょう。ずっと一人でいた彼が、そんな相手を見付けたと知ったとき、私はほっといたしました。彼にも心を休める場所ができたのだと。新郎と新婦は、人を想いやれる、心優しいところがよく似ています。二人なら、きっと温かく、幸せに満ちた家庭を作れるでしょう。皆さまを代表して、お二人のお幸せを心よりお祈りいたします」
 館長の朗々とした声で語られる挨拶は胸に響いて、涙がじわりと滲んだ。会場に暖かな拍手が溢れた。館長と目が合い、无限大人は深く頷いてみせる。そして、私の方を振り返り、微笑んだ。胸がいっぱいになって、微笑み返す。
「潘靖館長、ありがとうございました。それでは、続きまして、新婦のご親族を代表してご挨拶をお願いいたします」
 家族の中から、お父さんがすと立ち上がった。ぐっと口を引き結び、手紙をしわができるほど握っている。参列者に一礼をして、マイクを手に、口を開いた。
「このたびは、娘のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。これほどの方々にお祝いいただけること、光栄に思います。娘は、とても優しい子です。いつも人のことを考え、自分のことは二の次にするところがありました。そんな娘が、私たちの元を離れ、大陸に渡り、无限大人という、素晴らしい人と出会い、自らの幸せを見付けたと知り……私は……っ」
 どんどん声が震えていって、ついには感極まって、お父さんは鼻を啜り、嗚咽する。私も涙を押さえるのが難しくなってきて、咽喉が詰まった。
「娘は、これで……幸せになれると……っ、そう、確信いたしました。親にとっては、いつまでも、小さな子供ですが……いつの間にか、こんなに大きくなって……。自分の道を見付けて、共に歩む伴侶を見つけて……。私たちの手から飛び立ち、新たな家庭を作るために歩み始めた娘を、笑って、送り出したいと思います。香、幸せになるんだよ……!」
 お父さんはくしゃくしゃになった顔にめいっぱいの笑顔を浮かべてくれた。私ももう堪え切れなくて、ぼろぼろと涙を流してしまった。
「ありがとう、お父さん……! 幸せになります!」
 お父さんの言葉に心打たれたように、妖精たちが盛大な拍手を送ってくれる。親が子を送り出す気持ちは、妖精には実感としては沸かないかもしれないけれど、つたないながらも中国語でなされた挨拶は、きっと心に響いたと思う。スタッフさんがそっとハンカチを渡してくれて、なんとか拭おうとするけれど、あとからあとから涙が溢れる。无限大人が背中を撫でて、宥めてくれた。
 挨拶が終わり、今度は新郎新婦が三度礼をする。まずは、家族に。次に、参列者に。最後に、无限大人と向き合って、三回礼をする。
「では、新婦のご友人より、新郎新婦の馴れ初めをお話いただきます」
 司会の人が進行し、雨桐が立った。
「新婦が日本からうちの部署に来た時、私から声を掛けたことが、友情の始まりでした。彼女は真面目で、なんでも気負ってしまうところがあり、始めは、日本人は生きづらそうだなんて思いました。けれど、それは彼女の誠実さで、その仕事ぶりからすぐに彼女が信頼に足る人だとわかりました。そんな彼女が、少しこちらに慣れてきたころ、運命の出会いを果たしてしまったのです」
 雨桐は、私が无限大人に一目惚れしたことから始まって、少しずつ距離を縮めていったことを語って聞かせてくれた。
「二人の睦まじいことは、いい仲なのではないかと噂が立つほどでした。しかし、実のところ彼女は想いを告げるのを躊躇っていました。彼女は、一年で日本に帰ってしまう予定になっていたからです。最後まで彼女は悩んでいました。果たして、この気持ちを受け止めてもらえるかどうか。そしてついに、彼女は決断します。お別れする前に、彼にもっと一緒にいたいと告げました。しかし、彼は彼女に日本に帰るべきだと諭したのです」
 ざわ、と会場がどよめいた。非難めいた視線が无限大人に向けられる。无限大人は汗を掻き、ぎゅ、と口を引き結んでいた。違うのに、とはらはらしていると、雨桐が穏やかな声で続きを語り始めた。
「それは、彼の優しさでした。彼女を故郷から引き離すことをよしとできなかったのです。彼女は失意のうちに、一度は日本に帰りました。けれど、彼を忘れることはできなかったのです。おばあさまの励ましに力を得て、またこの土地をすっかり好きになっていたから、もう一度やってみようと、彼女は奮起しました。こちらに帰ってきた彼女を見て、彼も心を決めました。彼は、戻ってきた彼女に開口一番、周りの目も構わずに、心を打ち明けたのでした」
 おおお、と歓声が起こり、拍手が沸き上がった。あのときのことを思い出して、真っ赤になってしまう。
「无限、やるな!」
「おめでとう!」
 わっと囃す声が上がり、照れてしまって肩を竦める。无限大人は心なしか得意気に胸を張ってその声を受け止めていた。
「それから二人は、羨ましくなるほど熱烈に、お互いを愛しました。そしてとうとう、今日この日を迎えたのです。一番近くで二人を見てきたものとして、本当に、心から祝福を伝えたい。おめでとう、小香。本当によかったね。幸せになるんだよ。无限大人、また泣かせたら承知しませんからね!」
「ありがとう、雨桐……!」
 また涙が溢れてしまった。无限大人は雨桐の冗談交じりの視線に、重々しく頷いてみせる。泣きすぎて目が熱くて、笑みが絶えなくて、もう声が出なかった。
 形式的な進行はここまでだ。続々と料理が運ばれてきて、卓の上にどんどん乗せられていく。雰囲気が一気に緩んで、宴会が始まった。

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