41.結婚式 一

 当日は、朝早くから準備が始まった。眠そうな小黒を起こして、迎えに来た車に乗って会場に向かう。着いたら小黒を妖精たちに預けて、无限大人と別れて着替えとメイクに取り掛かった。ドレスに着替えて、髪を整え、メイクをしてもらう。最後にヴェールを掛けると、鏡の中に映る自分はまるで自分ではないみたいだった。
 絵にかいたような“花嫁”だ。
「さあ、行きましょう」
 スタッフさんにスカートの後ろを持ってもらい、部屋を移動する。長い裾を踏まないように気を付けながら歩くのに集中していると、緊張からいい感じに目が逸らされる。でも、一歩歩くたびに无限大人に近づいていることを意識してしまって、鼓動が早くなった。无限大人は、この姿を見てどう思ってくれるだろう。
「小香」
 自分の足元を見ていた視線の中に納まる視界の端に、磨き込まれた革靴が入り込んできて、立ち止まった。ゆっくりと顔を上げる。ぱりっとしたスーツ、白いベスト、その上に着こまれたジャケット。胸ポケットには白い花が挿されている。長い髪が後ろで束ねられ、横に流された前髪がさらりと顔の輪郭を縁取っている。その中央に、深く澄んだ翡翠の双眸が煌めいていて、私をまっすぐに見ていた。
「无限……大人……」
 そのまましゃがみ込まないように、なんとか耐える。无限大人があまりに美しくて、感動してしまった。
「とても、綺麗だ……」
 无限大人はじっと私を見つめて、思わず言葉が漏れてしまったかのように呟く。このまま見つめ合って、ずっと動かずにいそうな私たちを、スタッフさんが急かした。
「あちらで、新婦様のご両親がお待ちですよ」
「は、はい!」
「気を付けて」
 歩き出そうとした私の腰に、无限大人が腕を回してくれる。无限大人とスタッフさんに支えられ、両親の待つ部屋へ向かった。ドアが開かれ、両親と対面する。
「まあ……」
「香……」
 お父さんはスーツで、お母さんは着物だった。二人とも私の姿を見て、感極まったように目を潤ませる。それを見て、私の目も潤んでしまった。无限大人は用意されていたお茶を注ぎ、二人に振る舞う。二人はそれを受け取って、お茶を飲んだ。
「娘さんは、必ず私が幸せにします」
「……娘を、よろしく……お願いします……!」
 无限大人が告げると、お父さんは目を赤くして頭を下げ、唇を噛んだ。両親からは、紅包とアクセサリーが渡される。お母さんが微笑んで、私にネックレスを付けてくれた。
「とても、綺麗よ」
「ありがとう、お母さん」
「もう、まだ泣いちゃだめよ。せっかく綺麗にお化粧してるんだから」
「はい……!」
 そう言われて、なんとか堪える。いままで育ててもらったという気持ちが、一気に湧き上がる。
「二人のお陰で、今の私があります。二人のお陰で、无限大人と出会えました。お父さん、お母さん、ありがとう……!」
「ありがとう。立派に育ってくれて」
「ううっ……綺麗だなぁ……!」
 お母さんにそっと抱きしめられる。隣で、お父さんが袖で目元をごしごしと拭った。
「では、会場に移動しましょう」
 スタッフさんに促されて、いったん両親と別れる。二人は先に会場に向かい、私たちは入場するため別の入口へ向かった。
「緊張、している?」
 隣に並んで、无限大人が優しく訊ねる。
「もう、感極まってしまって……泣かないように堪えるので精いっぱいです」
「式はこれからだよ。……素敵なご両親だね」
「はい……!」
「あの人たちに顔向けできるよう、背筋が伸びる思いだ」
「无限大人は、最高の……旦那様です」
 そっと腕に手を置いて、心から伝える。无限大人はちょっと目を丸くした後、言い尽くせないように微笑んだ。
「君は私の、愛しい妻だ……」
 腕に触れていた手を掴まれ、ぎゅ、と握られる。ドアの向こうで、会場に音楽が流れ始める。傍に控えていたスタッフさんがドアを開けてくれた。光あふれる先へ、私たちは手を繋いで、歩みだした。

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