40.結婚前夜

 招待状を作り、式場や当日必要なものを揃え、ばたばたしているうちにあっという間に時間は過ぎ、いよいよ結婚式が明日に迫った。
 やるべきことはすべてやったと思う。あとはただ当日を迎えるだけ。そう思うけれど、何かやり残していることがあるんじゃないかと思って落ち着かないので、招待客のリストを見返したり、当日のスケジュールを確認したりしてみる。その横で、无限大人はのんびりお茶を飲んでいた。
「眉間に皺が寄ってる」
「う」
 无限大人はふと私の顔を見て、笑って一口お茶を飲む。緊張しすぎて顔が強張ってるのがばれてしまった。
「だって、不安なんですもん……何ごともなく進行するか……」
「君はそんなこと考えなくていいんだよ。花嫁なのだから」
「うっ」
 花嫁、と言われてしまってぱっと頬が熱くなった。いまさら、照れてどうするんだという感じなんだけれど、本当にこの調子で明日ちゃんと立てるかどうか、心配でしょうがない。
「幸せすぎて倒れちゃったらどうしよう」
「それは困るな。ちゃんと式をやり遂げたいのに」
「頑張りますけど……大丈夫かな……」
 无限大人は端末を持っている私の手を取り、端末を手から取り上げて、テーブルの上に置くと、優しく握った。
「大丈夫だよ。すべてうまく行く。私たちは、こうしてここまで二人で一緒に来ただろう?」
「はい……」
 想いを通わせて、一緒に過ごすようになって、ついには同居するところまで来た。
「私は嬉しいよ。君を、私の妻だと晴れの場で披露できることが」
「大人……」
 そう言ってもらえて、胸がいっぱいになってしまう。私はこの人の妻なんだと、改めて噛みしめる。その翡翠の瞳が優しく、愛情深く私を見つめる。それだけで身体の奥から力が湧いてきて、なんでもできそうな気持ちになってきた。
「でもやっぱり緊張します!」
 いっぱいいっぱいになって喚いてしまう。だって一生に一度の結婚式だ。急な話だったのに、家族全員で来てくれると言ってくれた。今日のうちにこちらに来て、ホテルに泊っている。みんなに、改めてこの人が私の愛する人だということを、伝えたい。でも、式場には无限大人の招待客もたくさん来る。それも、館長クラスとか、長く生きてる妖精とか、普通ならなかなか会えないような方たちばかりだろう。そんな彼らの前で、ただの人間である私が、无限大人の隣に立っていいんだろうかと、つい心配になってしまった。
「そんなことを心配しているのか」
「だって、无限大人は修行を積んで、寿命を延ばして、人間以上の存在になって、ずっと妖精たちのために……」
 早口気味に話していたら、人差し指で唇を押さえられてしまった。むぐ、と黙った私に、无限大人は微笑む。
「関係ないよ。君だって、ずっと妖精のために働いてきてくれた。気後れすることなど何もない」
「……はい……」
「私の隣で、微笑んでいてほしい。私が愛した女性がいかに素敵か、彼らにはそれで伝わるだろう」
「そ、そうでしょうか……」
「……うん、しかし、あまり伝わりすぎても困るな……」
「ええ……?」
 无限大人は真面目な顔でそう言うから、こちらが反応に困ってしまった。
「无限大人も、すごく素敵でしょうね」
 正装に身を包んだ无限大人がどれほど魅力的になるか、想像を絶する。当日直視できるか心配なくらいだ。
「では、不安になったら私を見て」
「見られません……」
「なぜ」
 思わず否定したら驚いた顔をされた。
「いえ、素敵すぎて、それはそれで寿命が縮むので」
「私は、君の着飾った姿をずっと見ていたいが……」
「ずっとはだめですよ」
 本当にずっと見ていそうな表情をするので、念のため釘を刺しておいた。花嫁ばかり見ている花婿というのも、どうかと思う。
「……ふふ。ちょっと、落ち着いてきました」
 話しているうちに、肩から力が抜けてきた気がする。そうすると、ただ純粋に嬉しい、楽しみな気持ちが湧き上がってきた。大きく肩を揺らして、深呼吸する。
「私、无限大人のお嫁さんになるんですね」
「嬉しいよ」
「私も。すごく嬉しいです」
 前も思ったけれど、でも、そのときよりもずっと、今の方が、人生で一番の幸せを感じている。本当に、人生って、何が起きるかわからない。无限大人は言ってくれた。これからもっと幸せになると。本当に、今が一番じゃなくなるかもしれない。これよりもっと、なんて、全然想像がつかないけれど。
 无限大人と一緒なら、もっともっと、高いところに行けるだろう。
「ふつつかものですが、末永くよろしくお願いします」
 改めて、手を膝の上で揃えて、頭を下げる。
「私こそ。よろしく頼む」
 无限大人も、拳を腿の上に置いて、頭を下げた。
「ふふ」
 そして、微笑み合う。
「大好きです」
「好きだよ、小香」
 テーブルの上に身を乗り出して、触れるだけのキスをする。あとはもう、寝るだけだ。明日に備えて、ゆっくり身体を休めよう。

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