39.甘やかす

「お風呂あがりました」
 濡れた髪のままリビングに戻ると、ソファで本を読んでいた无限大人が本を置いて、手招きした。小走りでそちらに向かい、膝に手を置いて屈むと、无限大人が手を翳して、髪についた水分を取り除いてくれた。
「わあ。ふわふわだ」
 一瞬でからからに乾いた髪に指を通す。何度もやってもらっているけれど、いまだに不思議だ。
「ドライヤーで乾かすより、ずっとふわふわになります」
「そうか」
 喜ぶ私に、无限大人も微笑む。そのまま无限大人の隣に座って、話しかけようとしたらくしゃみが出てしまった。
「冷えてしまったか?」
「うう、すみません。やっぱり浴槽ないとあったまらないですね……」
 シャワーだけの生活に慣れていないので、いまいちお風呂に入った気分にならない。浴槽に浸かって暖かいお湯に肩まで入ってゆっくりするのが、結構なリフレッシュになっていたと改めて思った。
「では、つけよう」
「え?」
「あれくらいの広さがあれば、つけられるだろう」
「あ、なるほど」
 无限大人がさらっと言うのですぐに理解できなかったけれど、浴槽を後からつけるってことだ。
「そうしてもらえると嬉しいです。浴槽なくてもなんとかなるかと思ったんですけど……」
「いいよ。君に必要なものは、なんでも揃えてあげる」
「ええ……いいんですか、そんなこと言って」
 ずいぶん甘やかすようなことを言われてしまって、くすぐったい気持ちになる。无限大人は笑みを深くして、私の背中に腕を回した。
「他にも欲しいものがあったら言いなさい。遠慮することはない。そうすることが私にとって喜びなのだから」
「お、おおげさです……」
 でも、私も无限大人に何かしてあげることができるなら、それはとても嬉しいことだ。
「君は無欲すぎるくらいだよ。もっと甘えてほしい」
「そんなこと言ったらだめです。べたべたに甘えて、私だめになっちゃいます」
「はは。それは見てみたいな」
「だめです!」
 无限大人にいいよと言われてしまえばなけなしの自制心では止められなくなってしまうので、背筋を伸ばして、抱き寄せようとしてくる无限大人の腕に抵抗を試みる。无限大人の腕はがっちりと力が入っていて、全然揺るがない。顔が迫ってくるので、自分の顔の前で腕でばってんを作り阻止する。
「だめですー!」
「む」
 止められてしまってむっとした顔が面白くて、両方のほっぺたを指でつまむ。
「ふふふ。やわらかい」
「む……」
 无限大人はしばらく頬をむにむにされるままにしていたけれど、ふいに真顔になって、私を見つめてきた。
「吻をしたいが、だめか?」
「うっ……」
 そうやって素直に求めてくるのはとてもずるいと思う。すぐに負けて頬から手を離してしまった。
「だめでは……ないです……」
 もごもご言う私に无限大人は笑みを浮かべて、頬に手を添えるとすぐに唇を重ねてきた。口付けはすぐに深くなり、舌が入れられ、口内をねっとりとねぶられる。
「ん……」
 じんと身体の奥が熱くなり、目がとろんとしてくる。身体から力が抜けて、抱きしめてくれる无限大人の腕に身を預けた。
「はぁ……」
 唇が離れて、甘ったるい吐息が漏れる。もう十分甘やかされているから、これ以上なんてされてしまったら、本当に人の形を保てなくなってしまうと思う。
「小香」
 愛おしいという気持ちを込めて名前を呼ぶ声がとても甘やかで色っぽい。そっと腰に回した手で服の裾を掴み、答えを込めてその瞳を覗き込んだ。

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