3.修行三、炒め物

「今日も簡単な炒め物でやりましょう」
 久しぶりの料理修行は西紅柿炒鶏蛋、トマトと卵の炒め物だ。
「これなら失敗しないな」
 レシピを聞いて、无限大人も自信満々に腕まくりをする。炒め物は何回かやったから、そろそろ大丈夫かもしれない。
「じゃあ、まずはトマトをカットしましょう」
 切ることに関しては何も不安はない。すっすっと形を潰すこともなく、きれいに切り分けてくれる。その間に、私は卵を溶いて味付けをしておく。
「次はフライパンを温めて、油を敷いて、炒めていきます」
 无限大人に火を点けてもらう。やっぱり火力が高いのでちょうどいいところに調節してもらって、温まったら卵を入れる。
「かき混ぜなくて大丈夫です。焦げ目がつかない程度に、半熟くらいで」
「半熟……どれくらいだろう」
「もう少し……これくらいですね」
 无限大人に指示をして、火を止めてもらい、お皿に移す。軽くフライパンを洗って、また油を敷いて今度はトマトを炒める。トマトもあまりかき混ぜず、皮がめくれる程度まで炒める。
「そうしたら、卵を戻して混ぜ合わせます」
「わかった」
 卵とトマトを混ぜて、塩で味を調えて完成だ。
「はい。簡単でしたね」
「うん。うまくできた。これなら一人でも作れるかもしれない」
 出来上がった料理を見て、无限大人は満足げに笑みを浮かべる。
「火加減、気を付けてくださいね」
「自分の感覚より弱めにしたら大丈夫だろうか」
「そうですね。あと、味付けの分量も適切に。レシピ通りに、ですよ」
「レシピ通りに、だな」
 わかっている、と无限大人は頷く。大丈夫かな。でも、作らないことには上達しない。ここは无限大人を信じよう。
「小黒、お昼ご飯できたよ」
「わかった!」
 无限大人に一人でできる修行をするよう言われて、ベランダで黙々と集中していた小黒に声を掛ける。小黒は最後の動作を終えてから、部屋に戻ってきた。
「小黒、今日のは美味いぞ」
「そうだといいけど」
 自信に溢れている无限大人に、小黒はクールに答えて手を洗う。テーブルについて、手を合わせてさっそく食べ始めた。
「ん、美味しいです!」
 ちゃんと卵はふわふわに、トマトもちょうどよく火が通っていて、口の中で蕩けた。火加減も炒める時間も、ちょうどよかったみたいだ。
「ほんとだ。美味しい」
「そうだろう」
 小黒までぴくっと耳を立たせるので、无限大人は満足げだ。
「小香がいてくれるおかげだね」
「もちろん」
 意地悪に小黒が言うのに、无限大人はにこりとして私を見るので、照れてしまった。本当に、率直に思ったことを伝えてくれるので、いつも驚いてしまう。
「これなら、いつか本当に料理できるようになるのかも……」
 小黒は真剣な顔をして、恐ろし気に言うものだから笑ってしまった。それほど壊滅的だったんだろうか……。
「私も少しずつ上達しているということだ」
「そうですね。次はもう少し手の込んだ料理にしてみましょうか」
「うん。頼む」
 どんな料理がいいだろう。次までに考えておこう。
「小香、もうすぐ誕生日だろう」
 无限大人が話題を変えて、そういえば、と思い出した。
「どうかな。旅行に行くのは。泊まりで」
「旅行ですか。いいですね。でも、泊まりは……大丈夫ですか?」
「そのころには、まとまった休みが取れそうなんだ。去年は、当日に祝えなかったからな」
 申し訳なさそうな眼差しに見つめられ、左手に着けられた指輪の存在を感じて、頬が染まる。
「そんな。全然……充分すぎるプレゼントをもらいましたから……」
「旅行って、どこ行くの?」
 ごはんを噛みながら、小黒が無邪気に訊ねる。
「黒竜江省のハルビンで、今冰祭をやっている。以前、任務で通りかかったことがあってな。規模が大きくて、美しかったよ。二人に見せたいと思ったんだ」
「冰祭! 楽しそうですね」
「冰ってことは、雪もある?」
「ある」
「じゃあ行きたい!」
 小黒も賛成してくれたので、旅行に行くことが決まった。
「嬉しいな。无限大人と旅行に行くの、二回目ですね」
「正月は一緒に帰れなかったからな……」
 无限大人は本当に残念そうに言う。まだ引きずっているとは思わなかった。
「小香のうち、楽しかったもんね」
 小黒はそんな无限大人に当てつけるように私に笑いかけてみせる。それを見て、无限大人はむっとした顔をするものだからおかしかった。意外と、感情豊かな人なんだ。そういうところも、とても好き。今年も、こうやっていろいろなところに行って、たくさん話をして、いろいろな面を知っていきたい。きっとまだ、私の知らない彼の顔があるんだろう。そんな気持ちでじっと无限大人の顔を見つめていると、見つめ返して微笑んでくれた。

|