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「おはよ。どしたのその恰好」 職場に行くと、雨桐にさっそく突っ込まれて、ちょっと照れながら椅子に座った。 「今日、小黒の学校初日だったの」 「そっか。母親やってきたんだ」 「うん……えへへ」 戸籍を入れて、法的に家族になったことを言われて、嬉しさが込み上げてくる。 「无限大人もスーツ着て……今日は一緒に出勤してきたの」 「急にのろけてきたな」 「のっ、のろけっていうかっ」 つい、嬉しかったことを報告したらにやにや笑われてしまった。 「スーツの无限大人素敵! とかなってたんでしょ」 「うう……なってました……」 「あはは。熱々だなぁ」 「へ、へへへ……あと……実は」 ふにゃふにゃしてしまった口元を引き締めて、椅子を動かし雨桐の方に身体を向ける。 「結婚式をすることになったの。今月」 「そっか。いいじゃん。……え、今月!?」 雨桐はばっとこちらに向き直って眉をぎゅっと寄せた。 「急すぎない!?」 「館長が手配してくれてるんだけど、いろいろ調節したら二十日になりまして……」 「えっ、もう部署ごと休みにしてもらうか」 雨桐は真面目な顔で言うので、唸ってしまう。 「え!? それは……だめでは……」 「もう楊さんに伝えてるの?」 「館長経由で伝わってるはずだよ」 「みんな! ちょっと聞いて!」 雨桐は突然立ち上がって部署のみんなの注目を集めた。 「今月二十日に小香と无限大人の結婚式やるんだって! 出たいよね!?」 「えっ本当!?」 「おめでとう!」 「出たい、出たい!」 わっとみんなが声を上げて、一斉に出たいと言い始めるので、嬉しいやら困惑するやらで答えに窮してしまった。 「すまんが、全員は会場の広さが足りないから無理だよ」 後ろから声がして驚いて振り返ると、いつの間にか楊さんが来ていた。 「ええー!」 「二人の晴れ姿見たいのに!」 楊さんの言葉に、みんなが残念そうに声を上げる。楊さんはどうどう、と両手の平を下に向けて、みんなに落ち着くよう促した。 「私と雨桐が代表して出よう。それでいいかね?」 「はい。すみません、みなさん」 楊さんに確認されて、申し訳なくなりながら頷く。まさか、みんなに来たいと言ってもらえるとは思わなくて、胸がいっぱいになってしまった。 「ありがとうございます。お気持ち、とても嬉しいです」 「あの无限大人のお祝いごとだもんな。いつものお礼にはとても足りないけど、少しでもお祝いしたいよ」 「小香が幸せで、私たちも嬉しいのよ。じゃあ、私達は別の方法でお祝いしましょう」 「そうね!」 みんなはわいわいと他のお祝い方法を考え始めてくれた。 「準備は進んでるのかね、小香」 「はい、正直、館長たちがやってくれているので……ほとんどお任せしている状態です」 「ははは。みんな、无限大人のお祝いだから気合が入っているんだよ。私も、まさかあの方の晴れ姿を見られるとは思っていなかったからなぁ。君を彼に紹介したときには、こんな日が来るとは思ってもいなかったよ」 楊さんにしみじみと言われてしまって、じんとしてしまった。本当に、あの出会いから、今の関係になるなんて、とんでもない奇跡のような気がする。 「でも、確かに无限大人、小香が来てから少しして、やけにここを訪れる機会が増えましたよね」 「そうそう。もともと、館に来るのは避けていたのに……頻度が増しましたよね」 楊さんの言葉に、何人かが思い出したようにそう言うので、頬が熱くなってしまう。无限大人がいつ頃から私のことを好きになってくれたのかわからないけれど、いつからか、私に会いたいという気持ちを持つようになったんだと思うと、嬉しすぎて呼吸が止まってしまいそうになる。 「小香、今からそんなに感激して、本番はこれからだよ?」 雨桐ににやにやしながら肩を叩かれて、胸を押さえて首を振る。 「無理。想像しただけで倒れちゃいそう」 「あはは。花嫁が倒れたら式どころじゃないでしょ! しっかりしな」 「ううう……」 そうは言われても、やっぱり無理だ。結婚式。きれいに着飾って、正装に身を包んだ无限大人と夫婦の契りを交わす。考えただけで幸せでいっぱいになってしまって、気を失ってしまいそうだった。 「想いが通じ合っただけでもう死んでもいいくらいなのに、ちゃんと夫婦になって、結婚式までできるなんて……嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう……っ」 「ちょっと、泣かないでよ。まだ早いってば」 「小香、かわいい」 「幸せいっぱいだね!」 「愛されてるなぁ」 そんな風に温かく声を掛けてもらえて、涙が押さえきれなくなってしまった。いい人たちに恵まれて、とても幸運だと思う。ここで働けて、本当に、よかった。 「みなさんのおかげです、ありがとうございます……!」 深く頭を下げて、心から感謝を伝えた。一度は諦めて日本に帰ったけれど、もう一度ここに戻ったことは正しかったんだと、改めて思う。 「あのー、すいません……」 「あっ! すみません、ただいま伺いますね!」 ドアをちょっと開けて、声を掛けづらそうにしている妖精に一人が気付いて、一人、一人と仕事に戻っていった。私も目元を拭って、机に向かった。 ← | → |