35.初登校

「小香、まだー?」
「ごめんね! 今行く!!」
 バッグの中身を確認して、鏡を見てちょっと髪を整え、急いで玄関に向かった。小黒はあきれ顔だ。
「ごめんごめん、お待たせ!」
「大丈夫。まだ十分時間はあるから」
 慌ててパンプスを履く私に、无限大人は落ち着かせるように声を掛けてくれる。でも、今日は遅刻するわけにはいかない。小黒の学校初日なのだから。
「早く行こう!」
 小黒は无限大人と私の間に立って、二人の手をぎゅっと握り、スキップでもしそうな勢いで歩き出す。少し前は不安もあったみたいだけれど、いざ当日となると楽しみで待ちきれない様子だ。前日に入学手続きのため小黒と二人で学校を訪れているから、今日で二回目だ。
「今日は半日で終わりなのよね。でも、私も无限大人も仕事だから……」
「小白のとこ行くよ!」
 小黒はにこにこと答える。羅さんに事前に話は通してある。これからは、私たちが家にいない間、小黒は小白ちゃんのところへ行くことができる。
「夜はお祝いにごちそう食べに行こうか」
「やった! お肉がいい!」
「時間があれば作るんだが……」
「无限大人は今日も遅いんでしょう?」
「ああ」
 无限大人は残念そうに言う。あれから料理修行は続けているけれど、まだまだ一人でキッチンを任せるところまでは行っていない。
「ねえ、小白も誘っていい?」
「羅さんがいいなら……そうね、聞いておくね」
「うん!」
 何をするにも小白ちゃんの名前を出す小黒に、微笑ましくなってしまう。そうこう話すうちに、学校についた。少し早い時間帯なので、他に登校している子は疎らだ。
「記念に写真撮ってもいいですか?」
 学校に入る前に、門の前でカメラを取り出す。小黒は早く中に入りたそうだったけれど、ちょっとだけ待って欲しいとお願いする。
「待って、三人で撮ろう」
「え、でも」
 二人に門の前に立ってもらってカメラを構えると、无限大人が金属を飛ばして、私の手からカメラを取った。
「誰も見ていないうちに」
「わわっ……」
 慌てて周囲を見渡して、確かに人がいないことを確認する。急いで小黒の隣に立って、カメラに向かって笑顔を作った。フラッシュが光って、撮影が完了する。すぐに画像を確認して、ボケたりブレたりしていないことを確かめる。
「もういいでしょ! 行こうよ」
 小黒はぱっと駆け出してしまった。小黒を追いかけて職員室に向かい、担任の先生に改めて挨拶をして、小黒を預ける。
「じゃあね、小黒。頑張ってね」
「ばいばい、小香、師父!」
 小黒は頼もしい笑顔で手を振って、私たちに背を向けた。あの分なら大丈夫そうだ。胸に手を当てて、ひとつ息を吐く。
「本当に、学校に通っちゃうんですね」
「あの子ならすぐに馴染むよ」
「そうですね……楽しんでくれるといいな」
 私たちはこれから館に出勤だ。无限大人と並んで歩くけれど、そわそわしてしまった。无限大人、学校に行くからということでスーツを着て、ネクタイをしている。その姿が新鮮で、どきどきしてしまう。
「なに?」
「その……素敵だなって……」
「はは。君も素敵だよ」
 私も普段着ないタイプのスーツを着ている。だから少し落ち着かない。无限大人は私の手を取って、繋いだまま歩き始めた。
「一緒に出勤するのは初めてだな」
「あ、そうですね。なんだか妙な気分です」
 これから向かうところは仕事場だというのに、つい浮かれてしまう。帰りも一緒に帰れたらいいんだが、と无限大人は残念そうに言うので、なんだかおかしくなってしまった。幸せで満ちていて、くすぐったいくらいの気持ちだった。

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