33.ひとつのベッド

 食事を終えて羅さんたちと別れて、家に帰る。ここが今日から私たちの家になる、という感覚がじんわりと沸いてきた。シャワーを浴びて、寝る準備をすると、疲れていたのだろう、すぐに眠気がきた。二人で眠れる大きなサイズのベッドに身体を横たえる。新品の布団はふかふかでいい匂いがした。そのまま寝てしまいそうになったけれど、无限大人を待って、なんとか起きる。しばらくして、シャワーを終えた无限大人が寝室に戻ってきた。髪を下ろしていて、Tシャツに半パンとラフな恰好をしている。无限大人は私が眠そうな顔をしていることに気付くと、電気を消してベッドに入ってきた。マットが沈み、シーツのすれる音がして、隣に无限大人が横になる。
「ベッド、広いですね」
「そうだね」
「すみません、ずっとソファとか、狭いところで寝てもらっちゃって……」
「いいよ。私はどこでも寝られるから」
 広いベッドの真ん中に寄って、寄り添う。无限大人は私の腰に腕を回して、抱き寄せた。額が触れそうなくらい、顔が近くなる。
「私こそ、遅くなってすまなかった」
「いえ、いいタイミングだったと思います」
 籍を入れるのも、家を買うのも、きっと、今がそのときだったんだろう。小黒が友達に出会って、執行人にならなければと焦る気持ちが落ち着いて、執行人たちの任務も衆生の門に集中している今が、ちょうどいい時期だった。
「小黒のことがなかったら、无限大人に戸籍を取ってもらうなんて考えもしなかったですし」
「いや、いずれとは思っていたよ」
「え?」
 意外な答えが返ってきて无限大人の顔を見つめると、无限大人はちょっと笑って見せた。
「子供を作るのに、親が戸籍なしではよくないだろう?」
「あっ……、そ、そうですね……確かに……」
 子供、と聞いて身体がかっと熱くなった。腰に回された手が熱を帯びているようで、どきどきしてくる。同じ家に住んで、社会的にも家族になって、準備はほぼ整った、といえるのかもしれない。
 ということは、そろそろ……?
「小黒が学校に慣れて、衆生の門計画も落ち着いたら、そのころに、と思うが……どうだろう」
「は、はい……いいと、思います……」
 なんと答えればいいのかわからなくて、もごもごと頷く。まだぼんやりしていた未来の形が、急にはっきりと輪郭を持ち始めて、もうその時が近いんだとはっとする。なんだか緊張してきてしまって、无限大人の服の裾をぎゅっと握った。
「が、頑張ります」
「うん。一緒に頑張ろう」
 作るとはいえ、授かるものでもあるから、計画通りにはいかないこともあるかもしれないけれど……。でも、无限大人と一緒なら大丈夫だ。怖くない。何も、不安になることなんてない。そう自分に言い聞かせる。服の裾を握っていた手に无限大人の手が重ねられ、指が解かれ、指を絡められ、そっと握られた。
「君の気持ちが一番だから。無理はしないで」
「……はい。初めてのことだから……ちょっと、戸惑うかもしれないですけど……」
「大丈夫だよ。私がそばにいる」
「はい。わかってます。无限大人と一緒だから、頑張りたいです……」
 无限大人は私の頭を撫で、頬に手を添える。熱を持った瞳が私の目を射貫く。身体の芯がぞくりと震え、微かに咽喉が鳴る。
「師父ー!!」 
 ばんとドアが開かれて、ぱっと手を離した。无限大人は上半身を起こして、小黒を振り返った。
「どうした、小黒」
「……部屋、ちょっと寒い……」
 そう言いながら、枕を抱えて、入口でもじもじしている。夏まっさかりだから、暑いくらいなはずだけれど。冷房が効きすぎた、というわけではないんだろう。初めて一人の部屋を与えられたから、慣れなくて眠れなかったようだ。
「おいで」
 无限大人は笑みを零して小黒を呼ぶ。小黒はぱっと笑顔になってベッドにぴょんと飛び乗った。私はちょっと後ろにずれて、小黒が私たちの間に滑り込んでこれるようにした。
「えへへ! ベッド広いね!」
「三人で寝ても大丈夫だね」
「うん! 川の字!」
 枕を置いて、ぽすんと頭を乗せて、小黒は満足そうに手足を伸ばす。无限大人も横になり、小黒に布団を掛けてやった。
 小黒は私の顔を見て、无限大人の顔を見る。そして、へへ、と笑った。
「ぼく、この家、気に入ったよ」
「小白ちゃんと、いつでも一緒に遊べるもんね」
「それもあるけど。小香と、師父と、一緒の家だもん。小白もね、お父さんと、お母さんと、一緒に住んでるでしょ。それと同じだ」
「ふふ。うん、そうだね」
「家族だからな」
 无限大人は手を伸ばして、小黒の頭を撫でる。私も、愛おしさが溢れてきて、小黒の小さな手をぎゅっと握った。小黒もぎゅっと握り返してくれた。喜んでくれて、よかった。普通の形とは違うかもしれないけれど、これが私たちの家族の形だ。

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