32.小白ママ

「師父、小白と庭で遊んできていい?」
 ジュースを飲み終わって、ひとしきり小白ちゃんと話したあと、じっとしていられなくなったのか、小黒がソファから立ち上がった。
「いってきなさい」
「やった! いこ、小白!」
「うん!」
 小黒は小白の手を引いて庭に向かった。ボール遊びができるほど広くはないけれど、少しくらいなら駆け回れると思う。
「娘に聞きましたけど、小黒くんも九月からうちの子と同じ学校に通うんですね」
「そうなんです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。でも驚きましたねえ! 子猫が本当は妖精だったなんて」
 羅さんは芸能人が結婚して驚いたときぐらいのテンションでそう言うので、つい笑ってしまう。さすが、小黒のことを受け入れてくれた小白ちゃんのご両親だと思う。
「かしこい子だとは思ってましたけど。でも、いい友達ができて、楽しそうで本当によかったですよ」
「本当に。小黒も、ずっと同い年のお友達がほしかっただろうから……こんなに仲良くなっていて、驚いちゃいました」
 小黒が出会った人々は、本当にいい人だ。そんな気持ちを抱きながら、无限大人と顔を見合わせ、微笑み合う。羅さんは私と无限大人の顔を見比べて、私に訊ねた。
「ええと、あなたは妖精ではないんですっけ?」
「はい。私は人間ですよ。无限大人は人間ですけど、四百歳です」
「四百歳!?」
 羅さんは目と口を大きく開けて无限大人をまじまじと見る。旦那さんも、新聞の向こうから无限大人を伺っている気配がした。
「はー、ほんと、驚くことばっかりですねえ」
「ふふふ。あ。でも、このことは内緒にしてくださいね。妖精の存在は、公にされてませんから」
「はいはい。わかっていますよ」
 念のため、伝えておく。羅さんは快く頷いてくれた。庭から、子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。私は居住まいを正して、羅さんに向き直った。
「ところで、羅さん、私、お願いしたいことがあるんです」
「え? なんですか?」
「その、こちらの学校のことを全然知らないので……。教えていただけませんか?」
「なんだ、そんなこと」
 羅さんは笑うと、頼もしく胸を叩いた。
「なんでも聞いてくださいよ。これから長いお付き合いになるでしょうから」
「……はい! ありがとうございます」
 実は、少し不安だったので、頼れる人ができてほっとした。ただでさえ、人間の社会で暮らすのが初めてで小黒は大変だろうから、学校生活に集中できるようちゃんとサポートできるようにしたかった。
「もう必要なものは買ってありますか?」
「実は、まだ……。引っ越し終わってからと思って」
「それなら、明日一緒に行きましょうか」
「いいんですか? 助かります」
 それからも、学校について覚えておくべきことをいろいろと教えてもらっているうちに、外はすっかり暗くなった。
「あら、つい長居しちゃいましたね」
「いいえ、お話ありがとうございました。すごく助かりました」
「そろそろ夕飯だし、よかったらお店で一緒に食べません? 美味しいところがあるんですよ」
「本当ですか? いいですね!」
「行きましょう、行きましょう」
 无限大人を見ると、頷いてくれた。そして、まだ遊んでいる二人を呼びに庭へ向かった。
「小黒、小白、ご飯を食べにいくよ」
「はーい!」
「お腹空いたー!」
 无限大人に呼ばれて駆け戻ってきた二人を連れて、私たちは街に出た。一緒にご飯を食べて、羅家のひとたちとすっかり打ち解けられたと感じる。新しい生活を始めるときに、いい人たちと出会えて、本当によかった。

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