29.名字

「久しぶり! 小香!」
 数週間ぶりに会う小黒は、からっとした笑顔だった。執行人のテストに落ちたあととは思えないくらい、元気いっぱいだ。
「久しぶり、小黒。元気そうでよかった」
「へへ。応援してくれたのに、任務失敗しちゃった」
「ううん。でも、楽しかったんだよね」
「うん!」
 その笑顔が見られたのだから、私は何も言うことはない。今日は戸籍を準備するために、无限大人と小黒に館に集まってもらった。
「小黒には、私の子として登録しようと考えている」
「よくわかんないから、任せるよ」
 无限大人が改めて戸籍について簡単に説明すると、小黒はあまりできていないような表情で話を聞き、とにかくそれが小学校に入学するためには必要なことなのだということだけ飲み込んで、頷いた。
「戸籍を登録するとき、名字がいるんだ。名字というのは名前の前につけるものだが……」
「あ、それならあるよ!」
 名字の説明に、小黒はぱっと耳を立てて手を挙げた。
「羅小黒! 小白がつけてくれたんだ!」
「そうか、あの子の名字か」
 小白というと、確か猫の状態の小黒を拾ってくれた人間の女の子だ。あの子は小黒を家族として迎え入れてくれていたんだ。
「では、その名前にしようか」
「うん!」
 小黒は笑顔で頷く。その様子だけで、どれだけその女の子のことが好きなのかが伝わってくる。この数週間、彼女と過ごしたのがとても楽しかったんだろう。
「私は、劉と名乗ろうと思う」
 无限大人は私の方へ向き、仮の名字を教えてくれた。
「わかりました。そしたら私は……あの、日本だと、夫婦同姓といって、主に女性が男性の名字を名乗るんですけど」
 无限大人が戸籍を取る、と言ってくれたときから、考えていたことがあった。今、どきどきしながらそれを伝える。
「私も……无限大人と同じ名字にしたいなと思って。だめでしょうか……?」
「まさか。だが、本当にいいのか?」
 无限大人は念を押すように私の顔を覗き込む。私は力を込めて頷いた。
「はい。无限大人の名字がいいんです」
「そうか。……では、そうしよう」
 无限大人は笑みを浮かべ、頷いてくれた。名字を変えるということには、それなりに意味がある。それを理解したうえで伝えていることを、无限大人も理解してくれた。
「ありがとうございます」
「同じ名字だと嬉しいもんね」
 小黒が同意を示してくれたので、笑顔で頷き返した。小黒も、小白ちゃんと同じ名字なのがよほど嬉しいのだろう。
「これで、書類が用意できました。あとはこちらで手配します。小黒、小学校は九月から通えるよ。それから、住むところですが、これも館で手配しますか?」
 小黒に微笑みかけ、无限大人に訊ねる。无限大人は頷いた。
「そうだな。頼もう」
「小白の近くに住める?」
「わかりました。そうだね、小白ちゃんの近くを探すよう伝えておくね」
「うん!」
 小黒はわくわくした表情で大きく頷いた。同じ小学校に通って、近くに住んで、毎日遊べるようになるだろう。小学校にいけば、小白ちゃん以外の友達もできるかもしれない。
「私も、引っ越しの準備始めないといけないな」
「手伝うよ」
「ありがとうございます。助かります」
 そのあとは、久しぶりに三人で館の食堂でご飯を食べた。小黒は任務中のことをいろいろと話してくれた。たくさんのことがあったようで、食事という短い時間では話しきれなかった。小学校へ行く準備があるので、しばらくは館で人間社会での生活の注意点の説明を受ける。そのため、小白ちゃんのところから、私の家へ戻ってくることになっていた。
「またあとで聞かせてね」
「うん! じゃあ小香、あとでね」
 ご飯を済ませ、无限大人と小黒と別れ、仕事に戻った。

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