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「お帰りなさい、无限大人」 「ただいま、小香」 今日は无限大人は遅い時間に帰ってきた。ゲームをやる時間はない。遅いごはんを食べて、お茶を淹れる。无限大人はお茶を一口飲んで、口を開いた。 「小黒の任務、終わったよ」 「え……! 本当ですか!?」 確か、機嫌は春節のころまでだったはずだ。そんなに早く終わるなんて。喜びかけた私に、无限大人は微笑を浮かべたまま続けた。 「失敗したよ」 「えっ……、そんな……」 无限大人は一口お茶を飲んで、そのときの様子を話してくれた。 「そんなにたくさんの相手と戦ったんですか……」 「あの子はよく戦ったよ」 「…………」 一度も死なずに、最難関の任務をやり遂げる必要があった。けれど、小黒はたくさんの敵に囲まれて、負けてしまった。任務の続行は無理だと判断した无限大人が、小黒に任務の失敗を告げたそうだ。 「小黒……大丈夫でしたか?」 あんなに執行人になりたいと言っていたのだから、失敗したことにとても意気消沈しているだろう。 「小学校に行きたいそうだよ」 「え? 小学校?」 思ってもみなかった単語を出されて、一瞬思考が止まる。 「妖精の……小学校ですか?」 「いや。人間のだよ」 「人間の……でも」 「一緒にゲームをやった友達たちが通っている学校に、一緒に通いたいんだそうだ」 「友達と……」 小黒が、友達と一緒に、学校に通う。脳裏に小黒の笑顔が浮かんだ。年相応で、無邪気で、楽しさでいっぱいの笑顔。それが、本当に見られるということだろうか。 「だから、準備が必要だ。頼めるか?」 「学校……ええと、そしたら、入学手続き……いえ、その前に戸籍……それから……」 まだ事態を飲み込めていないながら、頭を働かせようとこめかみを指で押さえる。 「戸籍のことなんだが、養子縁組をしようと思うんだ」 「養子……そうですね、親が必要ですもんね。そうしたら……」 「私も戸籍が必要になるな」 「そうですね……そうですね!」 无限大人の戸籍! 稲妻に貫かれたように身体に衝撃が走った。それはつまり、小黒と无限大人が人間社会に入り、親子関係となるということ。 「それ……いいと思います。とても、いいと思います!」 上手く言葉にできないけれど、じんわりと感激が身体中を震わせていく。 「君とも、婚姻届を出したいのだが、どうだろう」 「婚姻届もいいですね! ……え!? 婚姻届!?」 勢いで頷いてから、自分の言葉に驚愕する。今、无限大人は確かに、婚姻届って言った。……婚姻届!? 今度こそ本当に思考が止まってしまった。そこから先に考えが進められない。小黒と无限大人が戸籍を取って、无限大人と私が婚姻届けを? 固まっている私の手に无限大人はそっと手を重ねてくる。 「改めて、私の妻に、そして、小黒の母になってはくれないか」 「……っ」 まっすぐな言葉がすとんと心の中に落ちてきて、ぽろりと涙が零れた。 「私……、想像、していなくて……っ、ちゃんと、形式として、そう、なるって……」 「不安な状態にさせてすまなかった」 「いえ……っ! わかってました。だから、それでいいって、思ってました。でも、いざ、そうなると……嬉しい、ですね……っ」 无限大人は妖精に近い人だから、普通の人とは違うお付き合いになるということはわかっていたことだったし、そういうところを含めて好きになったから、不満なんて何もなかった。一緒にいられるならそれだけでよかった。ただ、お母さんに少し心配そうな顔をさせてしまったことが気に掛かっていた。籍を入れることで、家族も安心してくれるかもしれないと思ったら、ほっとして涙が込み上げてしまった。 「改めて、无限大人と、小黒と、家族になれるんですね」 「うん」 「ふふっ……嬉しいです……」 拭う涙は温かかった。涙が止まると、後はこれから待ち構えることへの期待でいっぱいになった。 「そうと決まったら、さっそく明日から準備始めますね!」 「頼むよ」 「小学校……あっ、こっちは9月はじまりじゃないですか! もう時間があまりないですね」 「間に合うだろうか」 不安そうに言う无限大人に、胸を張って請け負った。 「任せてください! うちの手配の速さを見せてあげます」 「はは。頼もしいな」 「どこの小学校ですか?」 「小白という子が通っている学校なんだ。ここからは少し離れている」 「そうなんですね。じゃあ、通うのは……」 うちから通うのでは遠いだろう。そのことなんだが、と无限大人が口を開く。 「その近くに、家を買うのはどうだろう」 「でも、无限大人、任務は……」 「うん。だが、腰を落ち着けるのにいい機会だと思うんだ」 「そうなんですね」 「ふ……どうしてそう他人事みたいな顔をしている?」 「え?」 肩を震わせて笑われてしまって、首を傾げる。 「君とも一緒に住みたいと思っているんだが」 「へっ……ええっ!?」 もう、今日は驚くことばかりだ。 「言っていただろう。いつか一緒に暮らそうと」 「あっ、えっと、でも、あの……もっと先だと思ってました……」 ぐいと顔を近づけられて、目を覗き込まれて、しどろもどろになってしまう。忘れていたわけじゃない。ただ、こんなに急なことだとは、心構えができていなかった。 「少し、館から離れてしまうが……」 「それは大丈夫です。通えます!」 申し訳なさそうな无限大人に、慌てて答える。 「一緒に……住みたいです!」 声を大きくして伝えると、无限大人は笑みを深くした。 「苦労をかけると思うが、よろしく頼む」 「とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願いします」 言ってから、くすぐったくなって肩を竦める。突然新生活が目の前に開けて、目が眩むようだった。これから、忙しくなる。明るい未来に向かって、気合を入れた。 ← | → |