26.危険

 今日も一通りの修練を終えて、一息つく。
「ちょっと動かせる水の量、増えました!」
 まだ手のひら大くらいだけど、着実に増えている。この調子でいけば、もっとできるようになるはず。
「うん。いい調子だ」
「えへへ。最高の師匠に教わってますからね」
 无限大人は肩を揺らす。无限大人に教わっているからには、結果を出したい。ゆくゆくは、現実でも使えるようになればいい。どれくらいかかるか、わからないけれど。
「あ、また街に行ってみたいです。他の街はないんですか?」
「そうだな。行ってみようか」
 无限大人はマップを開いて、ここから離れた場所にある街を示した。
「ここに行こう」
「はい。あ、そうだ。移動できるアイテムがあるんですよね」
「ああ、あるが……」
 手を差し出してきた无限大人の手を掴む前に、思い出したことがあって訊ねる。
「アイテム、使ってみたいです。使い方を教えてください」
「いいよ。アイテム蘭を開いて」
 言われた通りに操作をして、お目当てのアイテムを表示する。アイテムを使うのも、ゲームっぽくてわくわくする。
「目的地を設定して、使用を押せばいい」
「わかりました」
 街の座標を教えてもらい、入力する。どきどきしながらボタンを押した。瞬間、周りの景色が変わる。森が消えて、赤茶けた大地に立っていた。
「あれ?」
 確か、街の入口近くに設定したはずだけど、と辺りを見渡す。けれど、何も見当たらない。无限大人もいない。
「あれ……間違えたかな……?」
 マップを開いて現在位置を確認すると、街から西にかなりずれた場所にいた。
「あら……座標打ち間違えたかも……」
 そのとき、通知が表示された。なんだろうと思って開くと、无限大人からのチャットだった。
『今どこにいる?』
「あ、こうやって通信できるんだ」
 連絡手段はあるんだろうかと考えていたところだったからほっとした。街の西に出てしまったことをチャットで伝える。正確な位置を把握しようとしたところで、何かうるさい音がして、ウインドウが開いた。
「ん? 何?」
 それもマップのようだった。下の方から何かが近づいてきているのを表示されている。それが近づくにつれ、音が大きくなる。これは……警告音?
「わっ!」
 黒いものが迫ってきて、避ける暇もなく目を瞑る。硬いものにぶつかる音がしたけれど、私の身体は無事だ。恐る恐る目をあけると、自分の周囲にうっすらと卵の殻のような、白い壁ができていた。
「な、なにこれ? うわっ!」
 さらに黒いものが伸びてきて、壁にどんどん、とぶつかっていく。攻撃、されている。それを壁が防いでくれているんだ。
「无限大人のアイテム……!!」
 確か、自動で防御してくれるとかそんなアイテムがあったはず。とにかく、今は、どこかからプレイヤーに攻撃されている。
「どうしよう、逃げないと……!」
 戦う力はないから、立ち向かっても勝ち目はない。何か、使えるアイテムがあったはず。
「ええと、えっと」
 黒い攻撃がやんだと思ったら、緑の髪の人影が空を飛んで近づいてきて、私の傍を掠めた。攻撃が通じない理由を確認しにきたようだった。この壁、どれくらい持つんだろう。早く逃げないと。もし、壁がなくなったら、きっとその瞬間に私は。
 ぞっとして、パネルを操作する手が震える。无限大人からチャットが来るけれど、答えている余裕がない。そうだ、さっき移動に使ったアイテム、でもどこの座標を入力すればいいかわからない。
 緑の髪の人が戻ってきて、大きな獣に姿を変えた。そのまま拳を振り下ろしてくる。
「っ!」
 頭を庇って、潰されることを覚悟したけれど、壁が守ってくれた。まだもつ。でも、いつまでもつか。焦りばかりが生まれて、どうしよう、と无限大人のチャットに救いを求めるように目を向ける。そこには文字ではなく、数字が羅列されていた。
「……っ座標!」
 急いでその数字をアイテムに打ち込む。今度こそ間違えないように。もう一度拳が振り下ろされる。壁が消えるのが視界の端に見えた。風圧を感じる。息を止めてボタンを押した。
 ふっと獣の影が消えて、耳に雑踏が聞こえてきた。明るい陽射しが別の人影に遮られる。
 无限大人、と気付く前に抱きしめられていた。今度はちゃんと、正しい座標を入力できたみたい。ほっとしたら、身体から力が抜けて、无限大人に寄りかかってしまった。
「返事がないから、心配した……」
 その声は肝が冷えたというように、微かに震えていた。
「ごめんなさい……。入力を間違えちゃって……」
「襲われたのか?」
「はい……。でも、壁が守ってくれて。无限大人が座標を教えてくれたから、助かりました」
「……よかった」
 心の底から安堵した、というように无限大人は眉を下げ、もう一度私の身体を抱きしめる。
「ゲームといっても、やっぱり、怖いですね……。どきどきしちゃいました……」
 壁越しでも、敵意を感じた。まっすぐ自分を狙ってくる攻撃が恐ろしかった。
「ありがとうございました。守ってくれて……」
 无限大人がいろいろとアイテムをくれていなかったら、どうにもならなかった。无限大人が危ないからと言っていた意味が、よくわかった。ゲームだけど、これはリアルだ。
「でも、ここで、小黒は戦っているんですよね」
「……そうだな」
「すごいな、小黒は。強いな……」
 私は身がすくんで、逃げるだけで精いっぱいだった。あの敵意に立ち向かって、きっと勝つんだろう。あの子は強いから。
「今日はここまでにしておくか?」
 无限大人は私を案じてそう言ってくれたけれど、私は改めて街の様子を眺めた。前に訪れた街とはまた雰囲気が違う。
「……いえ。この街を見たいです! もう少しいいですか?」
 无限大人は微笑み、頷いた。
「いいよ。何か美味しいものでも食べようか」
「はい!」
 无限大人と手を繋いで、街の中へ入っていった。

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