24.期待

 ゲームを終えて、部屋に戻ってくる。ゴーグルを外して、隣の无限大人を見ると、无限大人もこちらを見てくれて、目が合い、微笑まれる。その笑顔で、初めてゲームをしたときのことを思い出してしまい……正確には、そのあとのこことを思い出してしまい、胸がどきどきしてしまう。
 今日は、久しぶりに无限大人がうちに泊まる。だから、そわそわしてしまう。ゲーム中は、楽しさに夢中になって気が紛れていたけれど、家に二人っきりになってしまうともうどうしようもなかった。
 ゴーグルをいじりながらもじもじしていると、无限大人が私の顔を覗き込んでくる。顔が近い。
「あのっ……お茶淹れますね!」
 耐えられなくなって立ち上がり、キッチンに逃げた。といっても、そんなに距離はないんだけれど。无限大人がちょっと笑う気配がして、肩を竦めた。
 无限大人、いつもと変わらないように見える。意識してしまっているのは、私だけなのかな。ともすれば、あの夜のことを思い出して悶えてしまう。とても幸せな時間だった。何度思い出しても、すぐに身体が熱くなってしまう。
 悶々としながらやかんにお水を入れ、火にかける。无限大人が椅子を引く音がした。そこに座り、じっと私の背中を見つめている視線を感じる。その視線が温かくて、振り返ることができない。
 お湯が沸くのを待つ間に茶杯をふたつ並べて、茶壺に茶葉を入れる。棚からお菓子を取り出して、食べる分だけ器に移し、无限大人の前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 无限大人はさっそくひとつ手に取る。まだお湯が沸かないので、私もその前に座るしかなかった。向き合って座るけれど、目が合わせられなくて、お菓子を取って、食べるでもなくつまんだりひっくり返したり、もてあそんでみる。こんなことばかり考えてしまって、私はおかしいのかもしれない。でも、考えずにいるのはどうしても無理で、邪念を振り払おうとしてはまた悶々として、ぐるぐるしてしまう。
「小香?」
「はいっ」
 名前を呼ばれて、お菓子を机の上に落とした。
「お湯、沸いたよ」
「あっ……ほんとだ!」
 いつの間にかやかんがしゅんしゅんと音を立てていた。慌てて立ち上がり、椅子ががたんと鳴る。なんとか火を止めて、お湯を注ぎ、お茶を二杯分入れて、机の上に置いた。完全に挙動不審になってる。无限大人、じっと私を見てる。変な様子だって思われてる、絶対。うう。
「お待たせしました……」
「ありがとう」
 お茶を差し出すと、ただ微笑んでくれた。だめだなあ、とへこみながらお茶を飲もうとして、熱さに驚いた。
「あつっ」
「大丈夫か」
「すみません、沸かしすぎましたね……」
 无限大人は立ち上がると、お水をコップに入れて渡してくれた。冷たいお水が、火傷した舌先に触れて気持ちよかった。
「うう、ありがとうございます……」
「痛いか?」
「ちょっとだけ……でも、すぐ治ります」
「よかった。吻ができなくなったら困るからね」
「っ!?」
 危うくお水を吹き出すところだった。真っ赤になる私に、无限大人は面白そうに肩を揺らす。
「そ、それ、はっ……!」
「やめておく?」
「いえっ、大丈夫です!」
 思わずきっぱり答えてしまった。余計に无限大人に笑われてしまう。からかわれたんだろうか……。
「はは。かわいいな、君は」
「うう……っ、恥ずかしい……」
 もう耐えられなくて顔を手で覆う。何をしてるんだろう、ほんとに。落ち着きがなくて、みっともなくばたばたして。
「期待を込めた君の瞳に、浮ついているのは私の方かな」
 顔を隠したまま内省を繰り返していると、ぽつりと零す声が聞こえた。
「え……」
 そっと顔から手を離すと、无限大人が手を伸ばして、私の手を握った。その眼差しは熱が籠っていて、きゅんと胸が疼いた。
「もう、押さえなくていいんだと思うとね」
 指を絡め、ぎゅ、と握り合う。見つめ合うほどに、鼓動が高まる。翡翠の瞳に、私が映っている。无限大人しか見えていない私の顔。
 无限大人はふと目を閉じて、いつも通りの笑顔を浮かべた。
「夕飯は、一緒に作ろうか。また教えて欲しい」
「……はい!」
 私も頬を染めたまま、胸いっぱいの笑みを返した。

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