23.プレイヤーたち

「今日は街へ行ってみようか」
「わ! 行きたいです!」
 ある程度の修行を終えたところで、无限大人が提案したのは魅力的なものだった。いまのところ、動物や虫は見かけたけれど、他の人間のプレイヤーは見ていない。実際、他の人たちがどんな風に遊んでいるのか見るのが楽しみだった。
「では、手を」
「はい」
 无限大人が手を差し出してくるので、そこに乗せる。すると、一瞬浮かぶような感覚がして、景色が変わった。
「わぁ……」
 小黒のときや、転送門を使った時とはまたなんとなく感覚が違う。やっぱり、一瞬でさっきまでいた場所から離れてまったく違う場所に移動するというのは慣れなくて、驚いてしまう。周りは昔の市場のような雰囲気で、高いビルはもちろんなく、露店が道に沿ってずらりと並んでいる。店員の呼び声と客たちのざわめきで活気づいていた。
「すごい、たくさんいますね」
 なんだか、映画の撮影みたいだ。店先に並んでいる商品は、いろいろな種類があって、見慣れない果物や魚、何に使うのかわからない道具など、興味をそそられる。
「これ、どうやって買うんですか? お金?」
「ゲーム内の通貨があるんだ」
 无限大人は近くの果物屋に声を掛けて、スモモくらいの大きさの、オレンジの果物を二個買って、一個を私にくれた。
「食べてみて」
「手触りも本物ですね」
 无限大人が先に一口齧ってみせてくれる。しゃり、といい音がするので、私も齧ってみた。ほんのり酸味のある瑞々しい甘さが口の中に広がった。
「……おいしい!」
 この身体は本物ではなく、実際には物を食べてるわけじゃないと理屈では考えるけれど、体験は確かに本物だ。
「お店の人も、プレイヤーなんですよね?」
「自分で集めてきた物を売っているようだね」
「へえ……現実のお店と同じですね。……あ」
 人ごみの中に、ひとつ飛び出た頭が見えた。角が二本、牙が二本。全身には毛が生えている。けれど、彼がいることを誰も気にしていない。
「……妖精、ですよね」
「そうだ。ここはゲームの中だから、彼らはそのままの姿でいても、おかしく思われない」
「そっか……」
 それは不思議な光景だった。たくさんの人間の中に、妖精がごく自然と混じっている。誰も彼に注意を払わない。この世界では、人間とは違う姿をしたものがいても、当然だと受け入れられている。
「でも、妖精だと知っているわけでは……ないんですよね?」
「ああ。人間のプレイヤーの一人だと思っているだろう」
 もし、彼が人間ではないと知れば、他の人たちは無関心ではいられなくなるだろう。今は、彼は誰にも咎められず、堂々と道を歩き、買い物をしている。
「おーい! 香さん!」
「あ、この声は……」
 遠くから手を振る姿が見えて、手を振り返す。
「明俊さん!」
 彼は以前会ったときの人間の男性の姿をしていた。隣には、師匠の銀桂さんもいる。
「どうですか、ゲーム、楽しんでいますか」
 そう訊ねる明俊さん自身がとても楽しそうだったので、笑みが零れた。
「はい。私、水を操る練習をしてるんですよ。まだ、ぜんぜんですけど」
「おお、それはすごい! 私は、ずっと人の姿になれて、人とも交流できて、興奮しています!」
「彼、ぜんぜんじっとしていないから疲れちゃいます」
 頬を赤くしてやる気に満ちた明俊さんの隣で、銀桂さんが呆れたように目を閉じる。このゲームは、明俊さんにとても役立っているようだ。
「なによりです。お互い楽しみましょうね」
「ええ!」
「では、无限大人。お騒がせいたしました」
 銀桂さんは丁寧にお辞儀をして、明俊さんを従えて去っていった。
「あんな風に、他の妖精たちも楽しんでるといいですね」
「ああ。それぞれ、思い思いにやっているようだよ」
 館ではできないことが、ここではたくさん実現できるはずだ。无限大人は修行の場だと言っていたけれど、それだけじゃなく、様々な可能性を感じる。明俊さんにとっては、人の姿になれるだけでも嬉しいだろうけれど、その上たくさんの人と話ができるのがなにより楽しそうだった。
「すごいものを作ったんですね」
「いい成果が出ることを、期待しているよ」
 无限大人も、街の様子を見て、微笑を浮かべる。彼の瞳には、私よりももっと広く、もっと先の光景が見えているのだろう。
「もっと、このゲームのことを知りたいな……」
 どんなことができるのか、体験してみたい。そんな気持ちが湧いてきた。

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