20.契り

「今日はここまでにしようか」
「はい。たくさん教えていただきありがとうございました」
 丁寧に伝えて、礼をする。无限大人も頭を下げて返してくれた。顔を上げて、目を見合わせて、ふふ、と微笑み合う。
「とっても面白いですね! まだぜんぜんですけど、ちっちゃい水滴は作れました!」
「少しずつレベルを上げていけば、もう少し大きな水滴を操れるようになるよ」
「本当ですか? うれしいな」
 霊質を操ることに、密かなあこがれはずっとあった。でも私は普通の人間だから、そういう素質はないと諦めていた。それが叶うことがあるなんて。
「无限大人と、修行……っていったら大げさですけど、そんなことができて、うれしいです」
 ほんの少しだけでも、近づけたような気がする。霊質という、彼らにとって身近なものを、私にも触れられるようになった。本当に、僅かなものだけれど。それが嬉しい。彼は目を細めて、微笑した。
 ログアウトの仕方を教えてもらって、ゴーグルを外す。元の身体は少し重く感じた。隣で動く気配がして、横を見ると、ゴーグルを外した彼が同じくこちらを見た。目が合って、どきりとする。さっきまでゲームの中で一緒にいたのに、なんだか違う。やっぱり、あれはどんなにリアルでも、ゲームの世界で、現実じゃないんだ。
「无限、大人……」
 无限大人は身を起こして、私の上に覆いかぶさるようにして、瞳を覗き込んできた。キスをされるのかと身構えたけれど、そのままじっと私の顔を見つめている。
「……どう、しましたか?」
 なんだかその視線が熱くて、どぎまぎしてしまい、言葉がつっかえる。无限大人はそのまま距離を縮めてきて、唇に吸い付いた。
「んっ……」
 それは一度では終わらなくて、何度も角度を変えて、熱く、深く、交わった。身体の中で火が灯り、肌がかっと熱くなる。息ができなくて、苦しくて无限大人の服を握り締めた。
「っ……」
「……小香……」
 无限大人はそっと唇を離して私の名前を呼んだけれど、その声はいつもと違いどこか余裕がなく、甘く掠れている。そんな声で呼ばれたら。
「すまない。まだ、環境が整っていないからと、耐えていたんだが……」
「環境、ですか?」
 无限大人は私の頬を撫で、溶けてしまいそうなほど熱い視線を向けてくる。じりじりと焦がれるようで、勢いを増しそうなそれを、必死に抑えている、という印象。いままでもそれは、何度か見え隠れしていた、情熱の影。
「家を買い、小黒が落ち着いて、君の安全が確保できてから、子供を作るのは、それからだと……」
「……っ」
 子供、と聞いて心臓が跳ねる。言葉の続きが早く聞きたくて、こくりとつばを飲み込んだ。无限大人の指が、私の唇をなぞる。
「だが、今、ただ……君を、抱きたい」
 灯った火が驚いたように勢いを増して吹き上がった。全身がかっとなって、ばくばくと鼓動が逸る。
「その思いを、止められなくなってしまった」
 どうすればいいのかわからない、と欲求を持て余し苦悩している表情があまりにも色っぽくて、もうすべてを投げ出してめちゃくちゃにしてください、となりふり構わずお願いしたくなった。炎の勢いに飲まれて、声が出ない。熱い涙が目尻を零れて行った。
「もちろん、君がいやなら……」
「いいえっ!」
 涙を見て尻込みをする无限大人の首に急いで抱き着く。
「いいえ、私、嬉しくて……胸がいっぱいになってしまって……っ」
「……小香」
 必死で抱き着く私の背中を、遠慮気味に无限大人は撫でる。それから、そっと抱きしめるように腕を回した。
「いいのか?」
「はい。……抱いて、ください……」
 ずっとこのときを夢見ていた。望んでいた。きっといつかは、と想像しては、深く考えないように、目を逸らして、そのときが来るまでは、と保留にしてきた。とうとう、そのときが来たんだ。无限大人はそっと私を起こして、床に座ったまま向かい合う。
「……では、今夜」
「はい」
 手を握り合い、見つめ合って、約束の口付けをした。

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