17.小黒の怪我

 数日経っても、小黒は帰ってこなかった。仕事をしている間も落ち着かず作業が手につかなくて、家に帰っても无限大人から連絡がないか何度も確認してしまった。
 天明珠というものを老君からもらってくるだけという話だったのに、道に迷っているんだろうか。老君のところにいるのだろうか。もし万が一、何かあったら。心配が高じていても立ってもいられず、无限大人に連絡をした。
『小香か』
「无限大人! 小黒はどうなってますか」
『うん。それなんだが』
 无限大人は少し言い淀んでから、答えてくれた。
『怪我をしてしまって、しばらく戻ってこられないようだ』
「そんな……! どうして怪我なんて」
 交通事故に遭ったのだろうか、と最悪の事態が頭をよぎる。
『天明珠は老君と共にいる妖精、諦聽が守っている。彼に迎撃されたようだ』
「妖精が……。だって、もらってくるだけって言っていたのに」
『天明珠を手に入れること、それ自体が試練だ。天明珠自体は手に入れたようだよ』
 小黒は、私に心配させないように、戦いがあるかもしれないことは伏せていたんだろうか。
「でも、怪我をしたんなら、手当をしないと……迎えに行かないと」
『それには及ばないよ。あの子は、人間の子に拾われたから』
「人間の子に?」
 予想外の返答が帰ってきて、言葉に詰まる。
『怪我をして、人の形を保てなくなり、猫の姿になっていた。そこを、普通の猫だと思って子供が拾ったんだ』
「猫の姿に……そんなに悪いんですか」
 青ざめて、声が震えてしまう。小黒、本当に大丈夫だろうか。
『妖精の怪我と人間の怪我は違う。それほど心配はしなくていいよ。子供のところで、うまくやっているようだから』
「でも……本当に、大丈夫ですか?」
 私を落ち着かせようと、柔らかい声で話してくれる无限大人に、それでも私は不安を募らせてしまう。
「小黒、猫の姿なんて……。ちゃんとご飯食べさせてもらえるでしょうか。キャットフードだけなんてことは……」
 普通の猫だと思われているなら、十分ありえることだ。无限大人は笑うのを押さえようとして咽た。
「笑い事じゃないですよ!」
『うん。大丈夫、あの子のことだから、うまくやるよ』
「そうでしょうか。でも、妖精であることは明かせないでしょう」
『そうだな。だが、場合によってはそうなるかもしれない』
「え?」
 无限大人が意味深にそう言うので、驚いてしまう。人間に妖精であることを知られないようにする、というのは館の決めたルールだ。
「それで……怪我はどれくらいで治りそうなんでしょうか」
『そうだな……。私はそういう知識をそれほど持っていないから正確なことは言えないが、数日では癒えないだろう』
「そんな……」
 その間、小黒はその子供のところで療養するということだろうか。
「休めば治るものなんですか? 何か治療が必要なんじゃ……」
『大丈夫だと判断するよ。問題があれば任務は中断してあの子を連れ戻す。だが、今はまだそのときではないな』
「そう……なんですね……」
 无限大人が言うなら、そうなのだろう。治るのに時間がかかるほどの怪我と聞いて、心配するなという方が無理だけれど、无限大人が迎えに行く必要がないと判断したのなら、それが正しいんだ。
「小黒……せめていい子のところに拾われていればいいけど……」
『そうだな』
 怪我をした猫を拾ってくれるのだから、それだけで優しい子だということはわかる。その子の元で、しばらく身体を休めてもらって、早く元気になってほしい。

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