15.今年のお花見

 久しぶりのお出かけに、張り切ってお弁当を作った。小黒は修行を優先したそうだったけれど、无限大人がたまには息抜きも必要だと諭して、しぶしぶ頷いてくれた。頑張っている小黒が、これからも頑張れるように、今日はしっかり休んでもらおう。
 途中で待ち合わせをして、一緒に公園に向かった。天気がよく、暖かい日だ。
「今がちょうど満開の時期だそうですよ」
「うん。いい頃合いに休みがとれたね」
 无限大人と話をしながら、道を歩いて行く。どこを見ても春の陽気に満ちていて、心地よかった。
 公園にはたくさんの人がいた。みんな、桜が目当てのようだ。この公園に咲いている桜はどれもソメイヨシノのようだった。
「ソメイヨシノって、どれも同じ木なんですって。だから同じタイミングで咲いて、同じタイミングで散るんです。普通の花は少しずれたタイミングで咲くけれど、ソメイヨシノは一度に満開になるから、圧巻ですよね」
「同じ木なの?」
 小黒は不思議そうに桜の木を一本一本眺める。どれも、枝のつきかた、幹の伸び方、それぞれ違う。けれど、同じように花をつけている。
「満開のときも好きですけど、一斉に散り始めるところも好きです。花吹雪が幻想的で、きれいで、切なくて……」
 どこまでも続く花のトンネルの見上げながら、そのときを想像する。今はまだ、咲き誇っている桜も、あと数日もすれば散ってしまう。儚いものだ。
「ぼくは、今が好きだな」
 小黒も花を見上げて、そう呟く。
「散っちゃうのは、寂しいよ」
「そうだね……」
 小黒の気持ちもわかる。もしできるなら、満開のときがずっと続けばいい。でも、それは難しい。无限大人は小黒の頭を撫でて、桜を見つめた。
「花が散るのは、実をつけるためだ。花は咲き、実をつけ、枯れて、また咲く。そうして繰り返していくんだよ」
「実を……」
 それは、人間の営みと同じだ。子を成し、後を託し、次代に繋いでいく。妖精はそうじゃない。霊質から生じて、霊質に還っていく。
「花が枯れないと、くだものが食べられないのか」
 小黒はそんな風に解釈した。それなら仕方ない、と言わんばかりでおかしくなってしまう。
 无限大人は人間だけれど、小黒のように長く生きていく。その人生で、子を儲けるのはどんな気持ちなんだろう。私は、自分の欲求を押し付けていないだろうか、と不安になる。无限大人が望んでくれるなら、嬉しいことだ。でも、どこかに憂いがあるなら。無理にとは言えない。
 私たちの子が、さらに子を産み、脈々と血を繋いでいく。私はずっとはいられないけれど、私の血を継いだ子が彼の傍にいてくれる。そう思うと、切ないことばかりじゃない。できることなら、ずっと一緒にいたいという想いは今もあるし、彼の傍から離れる日を考えるだけで辛い。けれど、それを乗り越えるだけの希望がそこにあると思える。
「そろそろお腹空いた! お弁当食べよ!」
 ぱっと小黒が振り返って訴えるので、少し早いけれどシートを引いてお弁当を食べることにした。
「へへ、小香のお弁当久しぶり!」
「今日もいっぱい作ってきたよ」
 お弁当を見て目を輝かせる小黒はいつもの元気な小黒で、ほっとした。修行を頑張るのはえらいけれど、やっぱりまだ子供だから、もっと遊んでほしいという思いもある。
「外で食べる小香の料理もうまいな」
 无限大人はしみじみとそう言うので、くすぐったい気持ちになる。
「最初のころに比べれば、上手くなったかな……」
「最初も美味しかったけど、今はもっと美味しいよ!」
「私が言おうとしたのに……」
「へへ! 早い者勝ち!」
「む……」
 无限大人は小黒に負けて不服そうに眉を寄せた。そういうところがかわいくて、つい頬が緩んでしまう。
「二人が美味しいって食べてくれるから、美味しくなるんですよ」
 二人と出会えたから、こんなにも幸せな今がある。また来年も、再来年も、こうして過ごせたらいい。願いを込めながら、淡い桜色を見上げた。

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