13.嵐のあと

 紅榴さんは一週間ほどで仕事を終え、別の館に行くことになった。紅榴さんがいる間は、とても賑やかだった。小黒は館で何度も手合わせをしていたらしく、初めて会ったときに比べればだいぶ気安く接するようになったみたい。
「じゃあな、无限。小黒、小香」
「元気でね」
「お仕事頑張ってください」
 それぞれ声を掛けて、紅榴さんは足を踏み出す。
「子供できたら呼んでくれよ! 見に来るから!」
「へっ!?」
 片手を上げて、大きな声で言うなり、そのまま背を向けて去って行ってしまった。思わず真っ赤になってしまって、何も答えられなかった。无限大人はただ笑みを浮かべている。うう……。紅榴さん、嵐のような人だった。
 紅榴さんがいなくなって、久しぶりに三人で夕飯を食べると、普段より静かに感じた。テーブルも広くなった。またしばらくは三人だ。でも、いつかは……。と、どきどきしながら无限大人をちらりと見る。紅榴さんのせいで、意識してしまうようになった。以前、子供が欲しいとは伝えたけれど、今は小黒がいるからすぐに、というつもりはなかった。だから考えずにいたんだけれど……。
 当然、子供を作るための行為もしていない。でも、子供を作るとなったらすることになる。どうしても連想してしまって、落ち着かなくなった。无限大人は、どう考えているんだろう。やっぱり子供を作るためにすること、だろうか。
 好きだから、触れたいと思う。好きだから、繋がりたいと求める。
 単純に、小黒がいるから、その機会が今はない。でも、もし、機会があったら……拒む理由も、ない。
 一度考え始めてしまうと、もんもんとしてしまってなかなか熱が冷めなかった。
 お風呂に入り、小黒が寝に行って、いつものようにリビングで无限大人と二人になると、余計に意識してしまって困った。
「どうかした?」
 そわそわしているのが无限大人にも気付かれてしまって、余計に恥ずかしくなる。こんなことを考えているなんて、知られてしまったらどう思われるだろう。
「いえ……その……」
 でも、うまく誤魔化す言葉も見つからなくて、もじもじと膝の上で手を弄り、何もない床に視線を落とす。
「紅榴さんが、无限大人は、私のどこを気に入ってるのか、直接聞くって言っていたから……気になって……」
 これは嘘じゃない。聞かれるのは恥ずかしかったけれど、実際无限大人はどう答えてくれるのか、知りたかった。无限大人はああ、と笑って、私の腰に腕を添え、抱き寄せるようにして、顔を近づけて私の目を覗き込んだ。
「確かに、聞かれたよ。どうして夫婦になったのかと」
「うう……」
 逃げ場を塞がれて、聞いたことを後悔した。何を言われるのか、期待に胸が高鳴ってしまって、苦しい。
「君の愛に満ちた瞳に見つめられることが、あまりにも心地よくて、手放せなくなった」
「っ……でも无限大人のこと、大好きな人は、いっぱいいますよ……?」
「君のように見つめてくれたのは、君だけだったよ」
「そ……そう、ですか……?」
 なんとか答えるけれど、もう胸がいっぱいで何も言えなくなってしまった。无限大人のことが、大好き。他の誰かと比べたことはないからわからないけれど、とにかく、どうしようもないほど好きなことは確かだった。それだけは、自信を持って言える。
「こんな温かさは、もう私には縁のないものだと思っていた。君の前では、執行人でも、師父でもない、ただの男になってしまうんだ」
「大人……」
 その言葉が嬉しくて、涙が滲んだ。无限大人という、その存在すべてが愛おしい。その気持ちがちゃんと伝わっているなら、こんなに嬉しいことはない。
「大好きです……」
「好きだよ、小香」
「どうしようもないくらい、大好きです……」
 その胸元に頬を寄せて、ぎゅっと抱き着く。持て余していた熱がじんわりと身体中に広がって、ただただ満たされた。言葉だけで、その眼差しだけで、こんなにも愛を感じられる。その先なんて求めたら、受け止めきれず溺れてしまいそうだった。今はこれで十分。
 そっと促されて、顔を上げる。微笑を湛えた顔がそっと近づいてきて、唇が重ねられた。

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