12.手合わせ

「じゃあ、小黒、紅榴さん、また夜に」
「あとでね、小香」
「じゃーな!」
 小香と別れて、紅榴をちらっと見上げる。紅榴は朝食を食べて、また夕飯も食べに来るつもりらしい。
「じゃ、手合わせするか!」
 紅榴は昨日の夜できなかった手合わせを、さっそくやろうと意気込んでる。師父の弟子……じゃないけど、師父が昔拾った妖精。今は師父と離れて、一人で館を転々として生活してるって昨日話してた。身体が大きいから、だけじゃなく、滲み出る強さを感じる。
 この人に、勝てるだろうか。
 いや、勝つんだ。
 館の広場に移動して、向かい合う。なんだなんだ、と妖精たちが集まってきた。
「属性、教えてないのは不公平だから言っとく。私は火属性だ」
 そう言って、手のひらに火を灯す。
「お前の能力も、ばんばん使っていいぞ」
 余裕のある表情で紅榴はぼくを見る。そう言うなら、遠慮はしない。砂利を踏む足にぐ、と力を入れる。顔の前に出した腕をゆっくりと動かし、紅榴をまっすぐに見た。
「はっ!」
 気合を入れて、地面を蹴る。紅榴の目の前にいったところで伝送する。そして紅榴の後ろに出て、その背中目掛けて拳を振りかぶったら紅榴はすぐにぼくの動きに気付いて、上半身を捻ると間髪入れず炎を吹きかけてきた。
「っ!」
 すぐにまた伝送で炎から離れ、紅榴から距離を置く。紅榴はすぐにぼくの位置を見付けると、炎を止めてにっと笑って見せた。
「どうした! 来いよ!」
「たぁっ!」
 今度は横から回り込むように走り出す。紅榴は炎は出さない。ぼくも伝送せず下から攻撃を仕掛ける。紅榴より、ぼくの方が速いはずだ。紅榴は動かず、ぼくの拳をいなして、足を大きく振った。
「くっ!」
 それを避け切れず、なんとか受け止めて地面に足を引きずりながら衝撃に耐える。思ったよりも、射程が長い。上に飛び上がり、伝送して紅榴の頭上に飛び降りた。
「やぁっ!」
「うおっ」
 角を掴んで、頭にしがみつく。紅榴は不意を突かれたみたいだ。うまくいった。
「ええい!」
 と思ったら、がしっと掴まれてぽいっと放り上げられてしまった。
「うわぁっ」
 空中で回転し、バランスをとりながら、着地する。それなら今度は、と低姿勢で駆け出す。紅榴は大きく炎を吹き出した。
「ちょこまかしててうざい!」
 紅榴は速いけど、ぼくの動きを捉えるには身体が大きすぎる。その腕力は脅威だけど、動かし方は大雑把だ。それをうまくかわして、懐に入ることができたら。
「えいっ」
 紅榴の周りを、伝送で跳ね回る。蹴りや拳が飛んできそうな位置を見計らって、ぎりぎりで身をかわし、別の場所に現れる。紅榴の勘は鋭く、ぼくがいくら死角に周ろうとも、ぐるっと手足を伸ばして追ってくるから、身体中に目があるのかと思うほどだった。
 それでも捕まらないようにできる限りの速度で――それ以上の速さで、紅榴を翻弄する。もっと、もっと。さらに速く。
「飛び回ってるだけか!? 腰抜け!」
「っ!」
 挑発されてるとわかって、飛び出しそうになるのをぐっと堪える。紅榴の瞳が光り、ぼくの足を捉えた。
「――捕まえた」
 身体が軽々と宙へ投げられ、腹に拳を打ち込まれる。地面に叩きつけられる前に伝送で位置を変え、なんとか着地をした。痛む腹を押さえて、紅榴を睨み上げる。……強い。
「いいじゃん。でも、もっとできるだろ!」
 紅榴が全身に炎を渦のようにまとう。長い髪が逆立って、吹き上がった。熱気が広場全体を包み、肌がちりちりと焦げる。
「紅榴! そこまでじゃ」
 ぱん、と手を打つ音が響いた。鳩老がゆっくりと広場の中に進み出る。紅榴はそれを見て、つまらなそうに炎を消した。
「なんで止めるんだよ。これからじゃん」
「お前さんは加減をすぐ忘れるからな。前もどこかの館を焦がして怒られていただろう」
「ちえ」
 ぼくもまだやれると思ったけど、この館を燃やされるのは困るから、構えを解いた。紅榴を見ると、目が合った。
「お前強いな。でも、なんで金属使わなかった?」
「……まだ、使っていいって言われてないから」
 だいぶうまく操れるようになったと思うけど、師父にはまだ許してもらえていなかった。
「じゃ、使えるようになったらまたやろうぜ」
 紅榴はにか、と笑う。
「いいよ」
 そのときは絶対負けない、と心に決める。
「喉乾いた。お茶飲もうぜ」
 紅榴はだらけた姿勢になって、サンダルを引きずりながら建物の方へ歩き出した。
「紅榴は、師父に修行してもらわなかったの?」
「まあ、ちょっとだけだな。基本的なことだけ。あとは同じ火属性の妖精とか、いろんなやつに教わったよ」
「ふうん」
 食堂でお茶を飲みながら、気になっていたことを聞いてみる。
「お前は修行して、どうするんだ?」
「どうって?」
「強くなって、何する? やっぱ執行人か?」
「……うん。そのつもりだよ」
 答えて、茶杯をぎゅっと握り、唇を引き結ぶ。そうだ、ぼくは強くならなくちゃいけない。執行人になるために。
「そっか。頑張れよ。私はなれなかったから」
「えっ? そうなの……?」
 うん、と紅榴はあっけらかんとして答える。なれなかった、と聞いて胸に冷たくて重いものがずん、と沈んだ。
「やっぱり、難しいの……?」
「難しいな。私は強いけど、なんつーか、考えたりするのは苦手でさ」
「そっか……。じゃあぼくは大丈夫かも」
 紅榴よりは馬鹿じゃないと思う。でも、もっと強くならないとだめかもしれない。
「ははは。无限の弟子なんだ。なんたってな。大丈夫さ」
「うん……」
 師父はぼくに才能があると言ってくれた。ぼくを鍛えてくれた。だからぼくは、もっと強くなって、いつか師父と一緒に戦えるようにならなくちゃ。
「紅榴は……寂しくない?」
「ん?」
「師父と別れて……寂しくないの?」
「寂しかったなあ」
 紅榴は隠しもせず、素直に答えた。
「无限、忙しいだろ。だからすぐどっかいっちまって。私は置いて行かれるばっかりだった」
「うん……」
「だから暴れたし、泣いたし、怒った」
「ええ……」
 ちょっと素直すぎるんじゃないかと思う。師父が紅榴のことちょっと苦手そうなの、それでかも。
「でも、どうしようもなかった。私は強くなって、少しずつ、いろんなことができるようになって、あいつがいなくても、なんとかなるようになった」
「師父がいなくても……?」
「執行人にはなれなかったけど、働く方法は他にもある。私の術、結構便利なんだぜ。一人でなんでもできるようになって、気付いたら寂しくなくなってたな」
「そうなんだ……」
 ぼくもいつか、そうなれるんだろうか。わからない。強くなって、いろんなことができるようになるとしても、それは師父と一緒に戦うためだ。ぼくは師父の弟子なんだから。

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