11.女子会

「それでさ、その妖精、こてんぱんにやられちまったんだ」
「師父に喧嘩売ったらそうなるよね」
 ご飯を食べ終わって、私と小黒は紅榴さんの語る无限大人の話を楽しく聞いていた。无限大人は食器を洗ってくれているけれど、こちらの話を気にしている。変な話をされないか心配みたい。
「でも、私たちの知ってる无限大人と、そんなに変わりないかもしれませんね」
「うん。師父は師父なんだね」
「そうだよな。无限は无限だよな」
 最初はどうなることかと思ったけれど、二人とも无限大人が大好きだという点で一致しているので、いまのところ意気投合して无限大人の話をわいわいとしている。紅榴さんはよし、と立ち上がると、小黒を誘った。
「手合わせしようぜ! お前の力量を量ってやる!」
「ここではだめだよ」
 ポーズを取る紅榴さんに、小黒は冷静に首を振る。
「じゃあ外行くか!」
「それもだめだって」
 小黒は呆れたように无限大人の方を見る。
「ちょっと常識なさすぎない?」
「大雑把すぎるんだ」
 无限大人も諦めたように首を振った。大雑把っていう問題じゃないような。しかし、だめと言われたら素直に受け入れる紅榴さんだった。
「じゃあいいや。館に帰るか。そんで、明日館でやろう!」
「それならいいよ。それじゃあ、また明日ね」
「ああ! ……ん? 二人は帰らないのか?」
 にかっと笑ったあと、動こうとしない无限大人と小黒の顔を見て、紅榴さんは不思議そうな顔をする。无限大人がそれに答えた。
「私たちはここに泊まる。お前は帰りなさい」
「え! じゃあ私も泊まる!」
 やっぱり无限大人の話は聞いておらず、紅榴さんはいいよな、と私の方へ笑顔を向けた。
「はい。狭いところですけど、ぜひ泊っていってください」
「小香」
 すぐに頷いた私に、无限大人は心配した声音で名前を呼ぶ。
「寝るところは……私の部屋で一緒に寝てもらって、小黒は无限大人と寝てもらおうかな?」
「ぼくはいいけど」
「よし! 決まり!」
 腰に手を当てて嬉しそうにする紅榴さんに、无限大人は溜息を吐く。
「何も起きないように、私が気を付けておくから」
「何かってなんですか。大丈夫ですよ」
 不安げな无限大人に笑ってみせる。確かにちょっと、常識外れなところがあるけれど、悪い人じゃない。无限大人が心配するようなことは起こらないと思う。
 お風呂を用意して、順番に入ってもらう。紅榴さんは髪が濡れたまま出て来たので、无限大人に乾かしてもらっていた。なんだかんだで、やっぱり无限大人は面倒見がいい。紅榴さんや、小黒だけじゃなく、同じように拾われた妖精は、たくさんいるんだろう。彼らがみんな紅榴さんのように无限大人のことを好きかはわからないけれど、紅榴さんの懐き具合を見ていると微笑ましくなる。无限大人も、ちょっと元気すぎてついていけない風ではあるけれど、基本的には彼女のことを気にかけていて、大事にしていることがわかる。紅榴さんはソファに座り、隣の无限大人に、離れていた間のことをいろいろと話し続けていた。
「どうだ、頑張ってるだろ、私」
「そうだな。時間が経った分、成長したようで私も安心した」
「ふふん!」
 无限大人から褒めてもらえて、紅榴さんは胸を張る。私の隣で小黒が欠伸をして、目を擦った。
「そろそろ寝ようか。紅榴、今日はここまでにしよう」
「ああ。また明日話せるんだろ?」
「夜には帰ってこられるだろう。小香、明日もこちらに来ていいか?」
「もちろんです。紅榴さんも、またいらしてくださいね」
「いいぜ! じゃ、おやすみ!」
 紅榴さんはぱっと立ち上がると、寝室に入っていった。そして、床に敷かれた布団にどさりと倒れ込む。布団から長い足がはみ出していた。
「あんた、館の職員なんだっけ?」
 頭の後ろで腕を組み、青い瞳でじっと私の方を見てくるので、少しどきりとする。遠慮のない視線に、心の奥底まで見透かされそうな気がした。
「そうですよ。元々は、日本人です」
「にほんじんってなに?」
「外国人です」
「ふうん。まあいいけど。ただの人間なんだよな?」
「そうですよ。術とか、使えません」
「へえ。じゃあ、なんでだろうなあ」
 紅榴さんは心底不思議そうな顔をして、しげしげと私を眺める。
「无限、変わんないと思ってたけど、なーんか、あんたを見る表情だけは、見たことない顔してるんだよな。なんであんな顔であんたのこと見てるの?」
「えっ……」
 思いもよらないことを聞かれて、動揺する。紅榴さんは、意外とちゃんと物事を見ている人なのかもしれない、と失礼なことを思ってしまった。无限大人と、人前ではそんなにいちゃついたような空気は出していないつもりだった。それでも、紅榴さんの目からは无限大人の表情が違って見えたんだろうか。
「私と无限大人は……夫婦、ですので、そう、見えるのかも……?」
 口に出すのは恥ずかしかったけれど、変に誤魔化してもきっと彼女には伝わらないだろうからと、思い切って答えた。
「夫婦って、人間の男と女がまぐわって子供産むってやつだろ? 无限、子供作るのか!?」
「こっ!?」
 がばっと飛び起きて、驚愕に声を大きくする紅榴さんに、かあっと身体中が熱くなる。
「小香! 大丈夫か!?」
 ばんとドアが開いて无限大人が顔を出す。
「无限! うがうがっ」
「だ、大丈夫です! 気にしないでください!」
 紅榴さんの口を押さえて无限大人に必死に笑顔を向ける。紅榴さんは私に口を押えられたまま无限大人にピースしてみせた。无限大人は怪訝な顔で私たちを見ていたが、私が頷くので、しぶしぶ扉を閉めた。
「夜なので、静かにしてくださいね……!」
 そっと手を離しながら小声で話しかける。紅榴さんは私の腕をがっと掴んで、顔を近づけてきた。
「无限、子供産むのか!」
「産みませんよ!?」
「子供って、親に似たちっちゃいやつだろ……。无限、増えるのか……!?」
「いやっ、増えるわけでは……」
 紅榴さんの子供という存在への理解がちょっとずれている。私はいろいろと説明したけれど、紅榴さんはいまいちわからないようだった。
「なんか、よくわかんねえけど……」
「説明下手で、すみません……」
「とにかく、无限があんたのこと大事にしてるのはわかったよ」
「そ、それは……」
 こんな短時間で、わかるものなのだろうか。紅榴さんは、難しく考えるより、直感を信じるタイプのようだった。
「なんであんたなのかは、よくわかんねえけど」
 無邪気に首を傾げるその表情に他意はない。確かに、私は特別優れたところがあるわけではないし、无限大人に釣り合う素晴らしい人間でないことは自覚している。やっぱり、傍から見れば、どうして、と思うものなのだろう。自分でも思う。无限大人は、どうして私を愛してくれたんだろう。けれど、いままで无限大人と過ごした時間が、无限大人の心が少しずつ近づいてきたという実感があった。それが、私の自信に繋がっている。だから、揺らがない。
「……へえ。いい顔すんのな」
「え?」
「明日无限にどこがいいのか聞こっと! おやすみ〜」
「ええっ、紅榴さん、それはちょっと恥ずかしい……!」
 やめてくださいと言いたいのに、彼女はもう寝息を立てている。寝つきがよすぎる。小黒より早いかもしれない。

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