96.準備

「去年の誕生日会は、どんなことをやったんですか?」
 冠萱さんと逸風くんに訊ねてみる。二人とも小黒の誕生日会は毎年参加しているそうだ。
「普通のことですよ。プレゼントを渡して、ケーキや料理を食べて、お祝いしました」
「毎年、无限大人が長寿麺を作るんですよね」
 食べてもらえないのに、と逸風くんが苦笑する。長寿麺は、少し古い、こちらでの誕生日を祝う料理のひとつだ。名前の通り、長寿を願って食べるものだ。无限大人なりのお祝いなのだろうけれど……。小黒にとっては、嬉しさよりも困惑の方が勝ってしまうのだろう。
「誕生日会をやりたいと持ち掛けてきたのは无限大人でした。小黒が誕生日というものがなんなのかと興味を持って、では実際にやってみようかということになったそうです。実際に正確な誕生日はわからないので、生まれたころを聞いたら寒い時期だったと。だから、暫定的に十一月一日に決めたんだそうですよ」
「そうだったんですね」
 冠萱さんが詳しく話してくれて、納得した。妖精には誕生日を祝う習慣がない。そもそも、誕生日という概念もない。けれど、小黒は祝ってもらっていたから、私の誕生日も祝ってくれたのだろう。館でたくさん人を呼んで誕生日を催す无限大人は、本当に小黒のことを大事にしているんだなと感じられて嬉しくなる。そんな无限大人だから、小黒もあんなに慕っているんだろう。
「小黒と出会って、本当に変わりましたよね、无限大人」
 逸風くんは少し笑いながら口を開く。
「元々、優しい人ですけど。なんだか、師弟というか、子煩悩に見えてきますよ」
「はは。確かに。でも、師父としての厳しさもありますね。執行人になりたいという小黒に、いろいろと考えて準備をしているところですから」
「あ、そうでしたね」
 少し前に、そういう話が出ていた。でも、実際どんなことをするんだろう。まさか、すぐに執行人になる試験を受けさせるわけじゃないだろうし。
「小黒、大丈夫でしょうか。まだあんなに小さいのに。まだ早くないかな……」
「大丈夫ですよ。无限大人ならうまくやりますから」
「そうですね……」
 无限大人が無理をさせるわけがないことはわかっているけれど、でもやっぱり心配だ。とはいえ、力を使って私を助けてくれた小黒は本当に強くて、頼もしかった。あの様子なら、きっと将来は立派な執行人になって、无限大人と一緒に働くことができると思う。それは楽しみだけれど、でも、普段のあどけない様子を見ていると、まだそんなことは考えずに、いっぱい遊んでほしいと思う。十歳といえば、人間ならまだ小学校に通っている時期だ。妖精だって、成長して、いつか大人になる。子供時代は短いのだから。
「でも、最近は落ち着いているように見えますね。前ほど焦っていないというか」
 ふと、逸風くんが思い出したように言う。冠萱さんも頷いた。
「そうですね。やっぱり、寂しい時間が減ったからでしょう」
 二人はそう言って、私の方へ眼を向ける。私は首を傾げた。
「今はあなたがいてくれますからね」
「あ……」
 そんなことを、洛竹くんも言ってくれた。傍から見てそう見えるなら、とても嬉しい。私も、小黒のためになれてるんだと。もちろん、无限大人には及ばないけれど。
「そうなら、いいんですけど……」
 一緒にいたいと泣いていた顔を思い出す。私と无限大人の姿を見て、焦らせてしまった部分もあったかもしれないと思う。もしかしたら、取られてしまうなんて不安もあったのかもしれない。弟子でなくなったらお別れだなんてところまで思い込むなんて、よっぽどのことだ。それを少しでも払拭できるよう、頑張ってきたつもりだけれど。
「誕生日会、喜んでもらえるように、楽しいものにしたいです」
 改めて、そう思う。小黒が生まれてくれたことを、ここにいてくれることを、心を込めてお祝いしよう。二人も同じ気持ちだと、笑顔で頷いてくれた。

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