95.サッカーボール

 小黒が公園で遊びたいというので、午後から近くの公園に行くことにした。前回はお弁当ではなくお店でご飯を食べることになったので、お弁当を食べられなかったのが心残りだったようで、簡単に作って持っていくことになった。
「何して遊ぶ?」
「サッカー!」
「いいね。今日は負けないよ!」
 近頃はすっかり秋めいてきているので、薄手のコートを持って行こうかどうか迷う。帰りは寒いかもしれないから、一応持っていくことにした。家を出て、公園までの道を三人でゆっくり歩く。街路樹を見上げて、少し色づいてきていることに気付いた。
「だいぶ紅葉してきてますね」
「そうだな。見頃まではまだかかりそうだが」
「紅葉狩り、したいなぁ」
「それなら、十一月ごろかな」
「十一月かぁ……もう一年も終わるんですね」
 无限大人と思いが通じてからもう一年が経とうとしている。いままで生きていて一番濃厚だったかもしれない。私の人生を大きく変えた一年だった。
「もう、一年が経つんだな」
 无限大人も同じことを考えていたようで、私を見つめてそう言って微笑んだ。頬が熱くなって、微笑み返すしかできない。指輪を交換して、家に来てもらうようになって、デートをして、実家に紹介もして。強く深く、絆を結べたと思う。
「无限大人と、小黒と出会えてから、ずっと、本当に毎日が楽しいです」
「ぼくも! 小香が来てくれてよかった!」
「うん。私も同じ気持ちだよ」
 二人はそっくりな笑顔を浮かべて答えてくれる。小黒とも仲良くなれて、本当によかった。もし受け入れてもらていなかったらと思うと、今笑みが見れることが得難いことに思われた。
 公園につくと、たくさん人がいた。広場の空きスペースを探して歩き、少し空いているところを見付けて、そこで荷物を下ろした。
「師父、はやく!」
「今行くよ」
 小黒は上着を脱いで、ボールを持って準備万端だ。今日は小黒と私でチームを組んで、无限大人の守るゴールを狙うことになった。
「勝とうね、小香!」
 小黒はやる気に満ちた顔で、无限大人と向かい合う。私もへまをしないように、頑張ろうと気合を入れた。无限大人は軽く腰を落として、私たちに対峙する。手を広げて、迎え撃つ姿勢をとった。
「どこからでも来なさい」
「行くよ!」
 小黒がボールを蹴って走り出す。まだ无限大人は動かない。さらに小黒が近づくと、前に出てボールを奪おうとした。小黒はそれをうまく交わし、私の方へパスをする。
「小香!」
「うん!」
 ボールを受け取って、がら空きのゴールの方へ蹴る。ボールはまっすぐゴールへと入った。
「やった!」
「やったね小香!」
「すっかり隙を突かれたな」
 无限大人は白々しくそんなことを言っているけれど、わざとゴールを開けてくれたのはわかっている。遊びだから本気でやることでもないけれど、そもそも本気でやったら勝てるわけはないんだけれど、それにしてもちょっと悔しい気持ちもした。
「次行くよ!」
 今度は私がボールを持ってスタートした。无限大人の方へ走って行くけれど、やっぱり无限大人は動かない。このままではゴールできない、と思って小黒の方へパスを出すことにした。
「小黒! ……あっ」
 しかしボールは小黒を逸れて行ってしまった。
「ごめん!」
「大丈夫大丈夫!」
 小黒はボールを追いかけていく。そしてふと足を止めた。その先には、ゆっくりと止まったボールと、傍に立つ男の子がいた。男の子は小黒より少し大きい。友達同士で公園に遊びに来ているようだ。
 男の子は足元のボールを見て、小黒を見ると、にっと笑ってボールに向き直った。
「返すよ!」
「あっ、うん!」
 男の子は絶妙な力加減で小黒の足元へボールを蹴った。小黒はそれを受け止める。男の子はそれを見届けると、そのまま背を向けようとした。
「あ……、ありがとう!」
 その背に、小黒は慌てて声を掛ける。男の子はちょっと手を振って、友達の方へと走って行った。小黒は少し頬を赤くさせて、ボールを抱えてこちらへ小走りで戻ってきた。
「ごめんね、ありがとう小黒」
「大丈夫だよ。続き、やろう!」
 その後も試合は白熱して、无限大人の防衛を突破しようと小黒と協力して走り回った。休憩、とシートに座るころにはくたくたになってしまった。
「はぁ、走った走った」
「お弁当食べよう、お弁当!」
 小黒に急かされて、息を吐くのもそこそこに、お弁当を広げる。
「あまり凝ったことはしてないけど。おにぎりをサッカーボールにしてみたよ」
「ほんとだ! サッカーボールだ!」
 その形を見て小黒は目を輝かせる。この顔を見るためにと思うと、ついつい工夫を凝らしたくなってしまう。
「小香、お茶を飲んでおきなさい」
「はい」
 汗を掻いている私に、无限大人が水筒のお茶を注いで、差し出してくれる。暖かいお茶が乾いた咽喉に染みた。
 おにぎりを頬張りながら、ふと、小黒の視線が外に向く。さっきボールを返してくれた男の子だ。数人の友達と遊んでいる姿を、小黒はじっと見ていた。やっぱり、大人と遊ぶのと、同年代の子供たちと遊ぶのでは違うだろう。小黒と近い年の妖精が、もっといたらいいのだけれど。妖精は、年々その数を減らしている。
「小黒、さっきの攻め方についてだが」
「へへん。師父、ちょっと釣られそうになってたでしょ」
「あれはよかったな。たとえば、こういうときには……」
 无限大人は、おにぎり片手に小黒に動き方のアドバイスを始めた。小黒もからあげを口に入れながら、真剣に耳を傾けている。遊びだけれど、修行の一環のようでもあった。
「小香は疲れているから、次は一対一でやろう」
「わかった。小香は休んでてね」
「ありがとう。頑張ってね」
 二人とも食べ終わるやさっそく再開した。元気いっぱいの小黒を見て、ほっとする。やっぱり、无限大人と遊んでいるときが一番楽しそうだ。夕暮れ時になるまで二人は走り回っていて、他の人たちが帰り支度をし始めるころ、私たちも帰ることになった。やっぱり上着を持ってきて正解だった。太陽が陰ると、風の冷たさが身に染みる。
 帰り道、无限大人と手を繋ぎながらうつらうつらとしている。
「眠いか?」
「んん……」
 无限大人は小黒の前にしゃがむと、その背に小黒をおぶった。小黒はそのまますうと眠ってしまった。
「まだまだ子供ですね」
「ああ。でも、今度ひとつ大人になるよ」
「あっ……誕生日ですか?」
 声を潜めて答える。そうだ。小黒の誕生日は、確か十一月だった。
「今年こそは、ちゃんとお祝いしたいです」
「うん。また館で祝う予定だよ」
「そうなんですね。誕生日パーティか……」
 誕生日といえばプレゼントだ。小黒は何をもらったら喜ぶだろう。
「小黒へのプレゼント、一緒に選んでもいいですか?」
「ああ。君に選んでもらったらこの子も喜ぶだろう」
 小黒のあどけない寝顔を見て、喜ぶときの顔を思い浮かべる。二人に誕生日を祝ってもらえたこと、とても嬉しかった。だから私も、お返ししたい。まだ時間はある。じっくり考えて選ぶことにしよう。

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