91.上海海洋水族館

 上海海洋水族館に行く日、駅で待ち合わせをすることになった。この日のために買った白いワンピースに白いカーディガンを羽織る。化粧ののりがいつもよりいい気がして、気分が上がる。時間に余裕を持って家を出て、駅に向かった。秋に入って、過ごしやすい気候になってきた。今年の夏は特に暑かった気がする。心地よい風を感じながら待ち合わせ場所に着くと、无限大人が先に待っていた。
「无限大人!」
「小香」
 无限大人は私を見つけて笑みを浮かべたあと、目を大きくして私の姿をじっと見つめ、それから目を細めた。
「眩しいな」
「そうですか? 晴れてますけど、過ごしやすいですよ」
「いや、君の白いワンピースが」
「えっ……」
 そう言って、无限大人は行こう、と私の手を掴んで歩き出す。かわいく思ってほしくて選んだ服だったけれど、まさかそんな風に言ってもらえるとは思わず、すぐには飲み込めなかった。白すぎたかな……?
 電車に乗って、目的地まで他愛もない話をする。家の中でゆっくり過ごすのとはまた違って、わくわくして楽しくなってくる。水族館自体も楽しみだけれど、无限大人と一緒にいられることが、とても嬉しかった。ゆったりと電車に揺られる時間は終わって、目的地に着く。駅から水族館まで歩いていると、上海タワーが見えた。水族館の隣には、東方明珠電視塔があった。こちらの塔もなかなか高い。
 建物内に入って入口でチケットを買い、エスカレーターに乗って三階に向かう。すると、右手にサメ教室があった。改めてサメの知識を見ると、知らないことがたくさんあった。
「そっか、サメって、イルカと違って哺乳類じゃなくて魚類なんだ……」
 昔学んだ気もするけれど、すっかり忘れていた。
「あちらにサメの卵があるよ」
「卵!」
 无限大人に手を引かれて、わくわくしながら見に向かう。
「丸くないんですね。細長い……」
「人魚の財布と言われているそうだね」
「面白いな」
 そこには水槽に入れられた小さなサメがいて、触れられるようになっていた。
「触ってみる?」
「ちょっとだけ……」
 しっかり手を洗い、恐る恐る水に指を入れる。サメは大人しくて、そっと触れると意外と硬さがあった。
「わあ、かわいい」
 そのあとはいろいろなエリアの魚が集められたいくつかのゾーンをゆっくり眺めながら通り、鮮やかな魚に目を奪われ、変わった形の魚を興味深く観察した。もともと水族館は好きだったけれど、久しぶりなせいか、无限大人と一緒なせいか、童心に帰ったようにはしゃいでしまう。北極ゾーンで人懐っこいアザラシを見て、南極ゾーンのペンギンがかわいくて動画を撮った。深海ゾーンを越えると、いよいよ海底トンネルだ。全長155メートルもあるそうだ。ガラス張りのトンネルが水の中をずっと続いている。その圧迫感にどきどきしながら歩き始めると、頭上をシロワニたちがすうっと泳いでいく。
「本当に水の中にいるみたいですね」
 声を潜めて、繋いだ手に少し力を込める。无限大人は笑みを浮かべて、軽く握り返してくれた。割れることはないんだろうけれど、やっぱり少し不安が過ぎる。
 少し進むと、珊瑚の中をウミガメが泳いでいた。
「竜宮城ってこんなところなのかな」
「竜宮城?」
「昔話に出てくる、水の中の都です」
 浦島太郎の話を无限大人に簡単に聞かせる。
「こちらにも似た話があるな。洞庭湖の竜女という」
「そうなんですね。その話が元になってるのかも」
 聞いてみれば、浦島太郎の話とほとんど変わらない。似たような昔話を知っているということが、共通項を見付けられたようで、なんだか嬉しかった。トンネルはどこまでも続いていて、本当にこのまま、无限大人と一緒に海の底の都に行ってしまうのではないかなんて気持ちになった。いつまでも、大好きな人と一緒にいられれば。无限大人と住むのは仙境ではないけれど、もっと素敵な場所だ。
 地上に戻って、夢から覚める。明るい日差しの中に立って无限大人を振り返ると、また目を細めて私を見つめていた。
「帰ろうか」
「はい」
 また手を繋ぎなおして、駅へと向かった。

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