89.自宅に帰る

 一週間ぶりに戻ってきた自宅は変わりなくてほっとした。駅を出てから家までの道を歩く途中、攫われた場所を通るときにあのときのことを思い出し、少し足がすくんだけれど、无限大人と小黒がついていてくれたから立ち止まることなく歩いて行けた。途中で買い物をして、家に向かう。買ってきた食材を冷蔵庫に入れて、ソファに座って一息ついた。
「お茶を淹れよう」
「ありがとうございます」
「小香は座っててね!」
 无限大人がお湯を沸かして、小黒が茶葉を用意してくれる。私はそれに甘えることにして、ざっと部屋の中を確認した。少し埃が溜まっているから掃除はしないといけない。けれど、出て行ったときのままだ。館での暮らしも楽しかったけれど、やっぱり自分の家は落ち着く。二人に淹れてもらったお茶を飲んで、ほっと息を吐いた。
「今日の夕飯は私も作るのを手伝うよ」
「はい。お願いしますね」
「ぼくも手伝うからね!」
「うん。一緒に作ろうね」
 前に无限大人と料理修行をしてから少し間が空いてしまった。今日は東坡肉を作ろうと思っている。煮る料理だから、焼くよりはやりやすいかもしれない。お茶を飲み終わってから軽く掃除をして、ゲームをして遊んで、夕方になり夕飯作りに取り掛かった。
「それじゃあ、やりましょうか」
 まずは食材を準備して、无限大人にお肉を切ってもらう。副菜用の炒め物に使う野菜は自分で切った。小黒には野菜を洗ってもらったり、調味料を用意してもらったりといろいろお願いした。
「肉、切れたよ」
「じゃあ、まずはそのまま煮ます」
 熱湯を入れた鍋に切ったお肉を入れてもらう。しっかりと茹でて、お湯から取り出して味付けをする。このまましばらくつけておくので、その間に他のおかずを作る。
「私が炒めてもいいか?」
「師父、火力控えめだよ」
「ふふ、じゃあ、私見ますので、お願いしますね」
 菜箸を无限大人に渡して、フライパンの前に立つ无限大人の横に立つ。まずは无限大人に火をつけてもらう。やっぱり強めなので少し弱くしてもらう。
「これくらいで大丈夫ですよ」
「うん……しかし弱すぎる気がしてな……」
「師父、小香の言うこと聞いて」
 椅子に座って、背もたれに腕を置き、こちらを小黒はじっと見ている。无限大人が何かするたびに、鋭く切り込んできた。頼もしい監視役だ。
「ほら、音がするでしょう? ちゃんと火が通ってる証拠ですよ」
「そうか。少しずつ色が変わってくるな」
「はい。焦げ付かないように、火がしっかり通ったタイミングをちゃんと見極める必要があります」
 无限大人は野菜を菜箸でリズミカルにかき混ぜながら、その視線は逸らさない。じっとタイミングを見計らっている。
「では、味付けをしますね」
 適度な量の調味料を振るって、一通りかき混ぜてもらったあと、火を止めた。
「これでできあがりです」
「ああ、美味しそうに焼けているな」
「なんとなく、こつがわかりました?」
「ああ」
「怪しい……」
 自信ありげな无限大人を、小黒は疑わし気に目を細めて見やる。
「じゃあ、東坡肉の方に戻りましょう」
 ボウルにお肉と長ねぎ、しょうが、八角を並べる。そこに調味料をかけて、ボウルごと中華鍋に入れ、周りに熱湯を注いで蓋をし、煮る。
「このまま弱火で2時間ほど煮込みます」
「そんなにかかるの!?」
「味がよく染みて柔らかいお肉になるんだよ」
「料理は時間がかかるな」
 二人とも驚いた顔をして、目を見合わせる。夕飯の時間に間に合うように逆算して作り始めたけれど、二人のことだからその前にお腹が空いたと言うかもしれない。
「館の人に、お菓子をもらってきたんです。食べながら待ちましょう」
「やったー!」
 小黒だけでなく、无限大人も嬉しそうな顔をする。じっくり時間をかけたおかげで、美味しい東坡肉ができた。无限大人も、少しずつだけれど火の扱い方を覚えてきている気がする。今度は、何を作ろうか。

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