8.薬指の意味

 无限大人に指輪を贈りたい、と思ったものの、どうやって渡そうか、と悩んでいた。誕生日プレゼントのお返しではへんだし、かといって正直に伝えるのも躊躇ってしまう。无限大人が指輪をどんな気持ちで贈ってくれたのか、それを知らないとどこまで伝えていいかわからない。もしも万が一気持ちがすれ違ってしまっていたとしたら、悲しくなってしまう。だからまずはその話をしよう、と機会を待つことにした。近頃无限大人は忙しいらしく、なかなか連絡はこなかった。
 どうしようかな、とぼんやりと仕事をしていると、雨桐に名前を呼ばれた。
「无限大人、来てるよ」
「え!」
 がた、と音を立てて椅子を蹴る勢いで立ち上がってしまった。雨桐に笑われながら、いそいそと部屋に向かう。
「无限大人!」
 佇んでいる彼に声を掛けると、こちらを振り返って微笑んでくれた。
「館長に会いに立ち寄ったから、顔を見て行こうと思って」
「私も会えないかなって思ってたから、嬉しいです」
 言葉がするすると口から零れていく。会えて嬉しくて嬉しくて、思いがどんどん溢れてくる。
「よければ、昼食でも」
「はい! すぐ準備しますね」
 无限大人に少し待っててもらって、軽く片づけをして鞄を手に取った。それから、館の食堂に向かった。昼食には少し早い時間で、利用客の姿は疎らだった。私はいろんなことを早く話したくてうずうずしていたけれど、どこから切り出そうか悩んでなかなか口を開けずにいた。落ち着かず指をいじっていると、ふと无限大人の視線が指に向けられていることに気付いた。
「いや、実際に着けてもらっているのを見るのは嬉しいなと思ってね」
 无限大人は指輪から目を上げて私と目を合わせ、目を細めた。愛しさの込められた眼差しに照れてしまって、真っ赤になる。こんなに甘い瞳で見つめられてしまうなんて、本当にいいんだろうか。向ける相手が私だなんて、やっぱり不思議に思ってしまう。
「あの……无限大人」
 口を開こうとしたときに従業員さんが料理を運んできてくれた。お皿が並べられるのを待って、従業員さんが厨房に戻っていってから、改めて続きを言う。
「どうして……贈り物に指輪を選んでくれたんですか?」
「どうして、とは」
「あのっ……だって、指輪って、その……」
 いざ言おうとすると、恥ずかしくなってしまって言葉につまる。やっぱり、考えすぎなんだろうか。でも、指輪だ。それは、人間にとってはとても意味のある贈り物だ。
「薬指に、つけるのって、意味が……あるじゃないですか……」
 そこまでをようやく言って、後悔する。こんなこと、聞かない方がよかったかもしれない。考えすぎだよって笑われたら、恥ずかしすぎて生きていけない。
「知っているよ」
 なのに、无限大人はもじもじしている私におかしそうに笑いながら、そう答えてくれた。
「私だって、それほど現代社会に疎いわけではないよ。知ったうえで、君に贈りたいと思ったんだ。その意味を込めて」
 无限大人は私の左手に手を重ねて、私の目をじっと見つめた。言葉を間違えて受け取らないように、まっすぐ伝えたい、というように。
「无限大人……」
 それだけで、私はふにゃふにゃになってしまう。全部肯定されてしまった。
「私は言葉が少なすぎるかな。たまに指摘されるが……」
 无限大人は、弁明するように付け加える。そんなことないです、と慌てて首を振った。
「私がうまく受け取れていなかっただけなんです……。あの、ありがとうございます。とても、嬉しいです……」
 无限大人は嬉しそうに微笑を浮かべた。なら、いいんだ、と前向きな気持ちになる。无限大人に、私がそういうつもりで指輪を贈っても、いいんだ。无限大人の左手を見る。ちゃんと腕輪を着けてくれていた。あそこに、指輪も着けてほしい。贈るなら、どんな指輪がいいだろうか。私の気持ちをしっかりと込めて、贈りたい。
 考えながら、じっと見つめてしまったけれど、无限大人はその視線を嫌がらず受け止めてくれていた。逆に見つめ返されてしまうので、私の方が先に根を上げた。
「すみません。変な話をして。ご飯、食べましょう」
「いいよ。いろんな話をしよう。もし言葉が足りなかったら、聞いてほしい」
「はい。私も、ちゃんと伝えるようにします」
 今回は、うまく言えない私の意図を无限大人が汲み取って応えてくれた。もう少し、ちゃんと話せるようにならないと。でも、まだ想いが通じ合っていると考えるのは慣れなくて、落ち着かない。もっと自信を持てるようになれるといいんだけれど。

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